◉話題作、読んで観る?◉ 最終回「オッペンハイマー」
- 話題作、読んで観る?
- エミリー・ブラント
- オッペンハイマー
- カイ・バード
- キリアン・マーフィー
- クリストファー・ノーラン
- トム・コンティ
- フローレンス・ピュー
- マーティン・J・シャーウィン
- マット・デイモン
- ロバート・ダウニー・Jr.
- 山崎詩郎
- 河邉俊彦
3月29日(金)より全国公開
映画オフィシャルサイト
「我は死神なり 世界の破壊者なり」
〝原爆の父〟として知られるロバート・オッペンハイマーは、世界初となる核実験「トリニティ実験」の成功を見届けた際に、ヒンドゥー教の神・クリシュナの言葉が頭をよぎったと言われている。
ピューリッツァー賞を受賞したカイ・バード、マーティン・シャーウィンの共著『オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』を原作にした、映画『オッペンハイマー』が米国での封切りから8か月遅れながら、日本でも公開される。クリストファー・ノーラン監督による本作は、米国アカデミー賞の作品賞、監督賞、主演男優賞など7部門を受賞した話題性充分な伝記映画だ。
ユダヤ系米国人のロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)は、ハーバード大学を優秀な成績で卒業後、英国のケンブリッジ大学やドイツのゲッティンゲン大学に留学。米国に帰国後は、理論物理学者として目覚ましい活躍をみせる。
一方、欧州では第二次世界大戦が勃発し、ナチスドイツが原爆の開発に着手していることが伝えられる。米軍将校レズリー・グローヴス(マット・デイモン)の要請を受け、オッペンハイマーは原爆開発計画「マンハッタン計画」のチームリーダーになることを承諾。このとき、オッペンハイマーは38歳。彼の人生は一変することになる。
1945年8月、オッペンハイマーたちが開発した原子爆弾は、日本の広島と長崎に投下された。第二次世界大戦は終結し、英雄として祭り上げられるオッペンハイマー。だが、大いなる脚光を浴びた分、その反動も予想を上回るものだった。
ソ連との核開発競争が始まるなか、原爆を上回る破壊力を持つ水爆の開発にオッペンハイマーは否定的だと、原子力委員会の委員長であるルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr.)たちから敵視される。妻のキティ(エミリー・ブラント)やかつて恋人だったジーン・タトロック(フローレンス・ピュー)が共産党員だった過去を問われ、オッペンハイマー自身が「赤狩り」の対象となってしまう。
原爆開発に関わっていなければ、オッペンハイマーは宇宙物理学の分野でより多くの業績を残し、学生たちから「オッピー」の愛称で慕われる人気者の名物教授として幸福な生涯を送っただろう。数式を読み解くだけで宇宙の美しさを感じる繊細な心とロマンの持ち主として、ノーラン監督はオッペンハイマーを捉えている。
そんな天才科学者のオッペンハイマーが、もうひとりの天才・アインシュタイン(トム・コンティ)と短い会話を交わすシーンがある。天才同士であるふたりは、原爆に関する数式が綴られたメモ用紙を手にしただけで、世界の未来を予見してしまう。
ノーラン監督が本作で描いているのは、天才にしか見えない世界だ。あくまでもオッペンハイマーの主観的視点に基づいた物語となっている。原爆が投下された広島や長崎の惨状を描いていないことを批判する声もあるが、ノーラン監督はオッペンハイマーの脳内世界をスクリーン上に再現することに注力し、彼の波乱に満ちた生涯を3時間にわたって観客が体感する作品にしている。オッペンハイマーが開発に参加しなければ、原爆の誕生はもっと遅れたかもしれない。しかし、違った形の惨劇が起きていたことは間違いないだろう。
苦く、重い作品だが、逃れられないジレンマを抱え続けた天才科学者の悲劇は知っておきたい。原爆の誕生から79年が経つが、今を生きる我々も核の脅威から逃れることができずにいるのだから。
原作はコレ☟
※この連載は今回をもちまして最終回となります。長らくご愛読いただき誠にありがとうございました。