週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.139 くまざわ書店営業推進部 飯田正人さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 くまざわ書店営業推進部 飯田正人さん

『家族解散まで千キロメートル』書影

『家族解散まで千キロメートル』
浅倉秋成
KADOKAWA

 きょうは最近読んでとても驚いた本を紹介します。浅倉秋成『家族解散まで千キロメートル』という本です。「こんな就活はイヤだ!」でお馴染みの(そんなキャッチコピーではない)『六人の嘘つきな大学生』がロングヒット中、今もっとも旬な作家によるサプライジングエンタメミステリ小説であります。

 物語は1月1日の元日、山梨の片田舎の無人駅で、「僕」こと喜佐きさめぐるが姉のあすなの結婚相手の高比良たかひら賢人けんとを迎えに行く場面から始まります。ふたりの会話から、お正月だし親族一同和やかに集まりましょうよ、ということではなく、ボロボロになった実家の解体作業のために集まる日であるとわかります。

 帰宅すると母とあすなは料理の支度中。ほどなくして兄の惣太郎そうたろうと妻の珠利じゅりも到着して役者が揃います。

「まあ、だからこそ解体するわけですけど。もういい加減、だいぶガタがきているんで。家族の外側も、内側も」

 という周の発言があるように、実はこの家族、訳アリ家族なんですね。

 この家に現在暮らしているのは周、父さん、母さんの3人。惣太郎は結婚してすでに家を出ていて、あすなは結婚するまでは家にいて欲しいという母の願いを聞かず、就職してから無断外泊してばかり。惣太郎は野心家で、あすなは自由奔放な性格のようです。

 父さんについては「働かない、動かない、家にいない」。浮気の前科があり、家族の誰からも疎んじられ、存在をなかったことにされていました。この日もどこにいるかわかりません。ひどいいわれようです。

 事の発端は昨年のお盆。周は結婚したい相手がいると家族に発表します。それはすなわち家を出るということ。母は「父と二人ではこの家を管理できないかもしれない」と引き留めようとしますが、周は自分だけ家に縛られるのは公平でないと思い、残りたくない。そこへ重ねてあすなも結婚すると告白。

「なら、解体しかねぇだろ」

 惣太郎の一言で、建物を解体するとともに、家族も解体してそれぞれ暮らそうと決まりました。

 さて、片付け始めると、惣太郎が倉庫で巨大な木箱を発見します。誰も覚えがないという箱を開けてみると、中には立派な仏像が。また父の仕業だろうか?(父には「倉庫に謎の物体を置く」という前科があったのです)と訝りながら休憩していると、テレビから青森県の神社でご神体が盗まれたというニュースが流れます。そうです。コレがソレなんですね。テレビでインタビューを受ける宮司の宇山は、明日のお祭りに必要なので、きょうのうちに素直に返しにくれば許すと語ります。

 事件(?)のカギを握っているのは父に違いないということで、あすなと珠利の父捜索チームと、周と惣太郎と母と賢人の仏像返却チームの二手に分かれることにしました。かくして、いまいち状況は意味不明だがタイムリミットが迫っているので仏像を山梨から青森まで運ぶ珍道中が始まるのです!

 というちょっとストレンジな立ち上がりでもって物語は動き出していきます。こんな大きい箱どないして運ぶんかい、というところからまず苦労があり、その後も謎の車に追われたり、トラブルが続いていくなかで、もしかして父ではなく自分たちの中に犯人がいるのではないか?と家族は疑心暗鬼になっていきます。果たして無事に仏像を返却できるのか?返却できたとして、仏像はいったいだれがなぜにどうやって倉庫に運んだのか?クライマックスで明かされる真の真相!!(な、なんだってー!?)

 まだまだ書きたいことがたくさんあったのですが(ニューイヤーロボットコンテストについてなど)、ちょうどよい文字数ですし、ネタバレもあれですのでこのあたりにしておきます。この家族の行く末を、どうかその目でしかと見届けてください。

 最後に、本書が何重にも問うている家族の在り方について、作中の印象的な問いを引用して終わります。みなさんはご自身の家族についてすぐ答えられるでしょうか。

「今、この家族は何人なの?」

 

あわせて読みたい本

『だまされ屋さん』書影

『だまされ屋さん』
星野智幸
中公文庫

 わたしがいつ何時でもオススメできる家族小説。何を隠そう文庫版の帯にはわたしの手書きコメントを大きく載せてもらっているのです。「どんなアクションよりもドラマチックなダイアローグ。小説でしかふれられないものがここにあります。」この小説はストーリーとしては何が起こるのでもなく、ただ集まって腹を割って話す、そのことで硬直した家族が解けていくんです。話してるだけなのに!すごい小説です。

 

おすすめの小学館文庫

賞金稼ぎスリーサム!

『賞金稼ぎスリーサム!』
川瀬七緒
小学館文庫

 40代実力派元刑事が確かに捜査の方向を見極め、30代人たらし御曹司が謎のコネで広範囲から情報を集め、20代人との距離感がちょっとわからない凄腕ハンター女子が狩猟の技術で現場の痕跡を見つけるという、なんともアンバランスなチームが不思議とだんだんかみ合って真相に辿り着くコメディタッチのミステリです。軽妙な会話でするすると楽しく読めますよ! 続編もあります。

飯田正人(いいだ・まさと)
書店バイヤーをしています。趣味は映画(年間100本映画館で観ます)。最近嬉しかったことは指導担当のお店が褒められていることと、自宅の台所の下にもうひとつ収納があると気づいたこと。


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