「妄想ふりかけお話ごはん」平井まさあき(男性ブランコ)第8回
8.「旅というもの」
ムーミンに登場するさすらいの旅人スナフキンは言いました。
「故郷は別にないさ、強いて言えば地球かな」
なんてでかいんだ、スナフキン。兄貴と呼ばせてください。いや、スナフ兄貴ンと呼ばせてください。
僕もこんなでかい人になるべく、先日、地球を少しでも知るために海外へと旅に出ました。そもそもずっと海外には憧れていて、純粋な海外旅は今回が生まれて初めてでした。
向かうところは、マレーシアのボルネオ島です。ボルネオ島だけで日本の国土のおよそ2倍になります。ここには赤道直下の熱帯雨林があり、とんでもなく豊かな緑と多種多様な生き物たちが暮らしています。生き物好きの作家のワクサカソウヘイさんと共に、雄大なジャングルをジャングリングしてまいりました。
僕らが訪れたのはボルネオ島北東のダナンバレー自然保護区です。コタキナバル空港からプロペラ機で60分ほど乗ってラハダトゥ空港へ、そこからジープで山道をおよそ3時間かけて目的の宿泊先のレインフォレストロッジへと行きました。
熱帯雨林の真っ只中のロッジと侮ることなかれ、五つ星高級ホテル並みに綺麗で広いところなのです。平井星があるのならば追加で38つ差し上げたいと思うほどのホスピタリティです。
このロッジを拠点として、毎朝、毎昼、毎晩、ガイドのネクスターの同行の元、ジャングル三昧の日々を過ごしました。その中でオランウータン、レッドリーフモンキー、ムササビ、リクガメ、フライングフロッグ、タマヤスデ、トカゲなどなど、実に様々な生き物たちとの邂逅を果たしました。その中でも思い出深いのはやはり、タイガーリーチです。タイガーリーチというのは世界一美しいヒルとも称されるヒルの仲間です。
このヒルにはもちろん毒はなく、とても清潔な生き物です。僕はネクスターの許可を得て、このタイガーリーチに自分の腕の上に乗っていただき、血を吸っていただきました。全く痛みはなく、吸った後には痒みすらありません。僕の血をスプライトの如くグビっていただきました。感謝しかありません。ちなみにその晩、シャワーを浴びようと服を脱いだら、ヘソの中からタイガーリーチ様が出てきました。流石に、「ワオ」と海外ならではの驚きも飛び出ましたが、「ありがタイガーリーチ」と言うのも忘れはしませんでした。我が血をボルネオの自然に捧げました。
まるまる1週間の海外旅でありました。もっと細かく記述しようと思ったらたくさんの楽しい出来事がありました。コタキナバルの飲食店で、相席したミャンマーの男性が、なんの流れかは解りませんが冷蔵庫の仕組みを事細かに説明してきたり、ラハダトゥのカフェでふと近くの木を見たら、サイチョウの夫婦が子供にご飯をあげていたり、ジャングル散策の班が一緒だったマラッカから来たマレーシア人のお医者さん家族と仲良くなり、その3歳の息子さんのジンと遊んだり(ジンがでかい葉っぱで顔を隠すと、僕は「ジンはどこだ?」と言って、葉っぱから顔を出すと「ええ!? そんなところにいたのかい!」と驚くという透明マスクごっこをすると、背骨折れるんちゃうかというぐらいのけぞって笑っていました)、帰りのジープで車酔いして運転手さんが引くほど吐き散らかしたり。
そんな野生の生き物だけでなく、人との交流もとても楽しいものでした。マレーシアの人々はとても温かくて素敵な方々ばかりでした。強いていうならば僕にもっと英語力があれば、もっともっと楽しく会話できたのかなと思います。英語を勉強します。いや、してます。
僕はまだ、日本以外で上海(これは仕事なので旅にカウントしてません)とマレーシアのボルネオ島にしか行ったことはありません。だから、冒頭のスナフキンが言うような「地球が故郷さ」のような大きなことは言えませんが、地球を故郷に思いたいという願望は生まれました。だから、時が許す限り、体が許す限り、旅というものを経験したいなと旅初心者ながら思いました。
なんとなくですが、僕らの認識の中で、遊びの中に旅が含まれているように思えます。僕は、仕事、遊び、その並びに旅というものがあるように思います。それほど、旅というのは人の価値観を広げてくれたり、気づきを与えてくれるものだと思いました。
と、書いていながら、そんな価値観とか、気づきとか勉強のために行くものでもないのかな、とも同時に思います。こんな手のひら返しがあるのか……。ただただ人の営みの一部として、ごく当然のものとして旅はあるのかもしれません。一つ、自分の実感として確実に言えることは、旅は良い、ということです。
「スナフのキン兄。旅良かったよ。まだボルネオ島にしか行ってないのだけれど」
「そうか。それは良かった」
「もっと早く旅は良いもんだって気づいていたら、もっといろんな冒険できたのかなあ」
「何を言ってるんだ。これから色んなところに旅するんだろう。それでいいじゃないか」
「そうだね、また旅をするよ、来年は南アフリカに行こうと思ってるんだ」
「そりゃあいい、楽しみだな」
「うん、ワクワクさ」
「それじゃあ」
「おや、キン兄。もしかして……」
「もちろん、次の旅さ」
「気をつけて」
「ああ、いってきます」
「いってらっしゃい」
そんな心のスナフキンとの会話を夢想してしまいました。
しかしながら、心のスナフキンも次の旅に出てしまったようです。でも、またきっと帰ってきてくれるでしょう。旅というものには帰ってくる場所がつきものです。
旅から帰ってきてわかったこともあります。この帰ってきた場所にも、旅のような楽しい計画がもりもりあるということです。肩ぶんぶん一つずつ一つずつ熱心に取り組んで行こうと思います。
最後に僕が個人的に好きな本物のスナフキンのお言葉を引用させていただきます。
「いつもやさしく愛想よくなんてやってられないよ。理由はかんたん。時間がないんだ」
平井まさあき[男性ブランコ]
1987年生まれ。兵庫県豊岡市出身。芸人。吉本興業所属。大阪NSC33期。2011年に浦井のりひろと「男性ブランコ」結成。2013年、第14回新人お笑い尼崎大賞受賞。2021年、キングオブコント準優勝。M-1グランプリ2022ファイナリスト。第8回上方漫才協会大賞特別賞受賞。趣味は水族館巡り、動物園巡り、博物館巡り。