週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.146 宮脇書店青森店 大竹真奈美さん
『こまどりたちが歌うなら』
寺地はるな
集英社
世の中ってもんは本当に面倒くさい。
どこもかしこもルールだらけなうえに、
状況によって変化してしまう、正しさ。
「空気読めよ」という空気。
息苦しいったらありゃしない。
理不尽だと思いながらも、ルールに従う。
空気を読んで、心の声は飲み込んで、
その場を濁すことなくやり過ごす。
そんな経験のある人も少なくないだろう。
物語は、前の会社の人間関係などに疲れてしまい退職した茉子が、親戚が社長を務める小さな製菓会社に転職するところから始まる。
そこでは、昔ながらのやり方や暗黙のルールがまかり通っていた。茉子は、前の会社での経験もあり、おかしいと思ったことに声をあげていくが、周りから煙たがられてしまう。
寺地さんの作品は、肌でリアルを感じるし、なんならカサつきや毛穴まであるくらいだ。
寺地さんは「普通はこうでしょ」という世の中の当たり前とされている風潮に、「本当にそうかな?」と疑問符を投げかけてくれる。違和感に気づきながらもやり過ごしていることに、きちんと向き合って声をあげてくれる。
「普通」からはみ出しているように見えてしまう人たちが、ありのままの自分で自分らしく生きられるように優しく包んでくれる。そんな包容力がある。
ホットミルクのようにまろやかに温めてくれるようなその場しのぎの優しさでは、すぐに冷めて牛乳の膜のように異物化してしまうだろう。
しかし私の持つ寺地さんの温かさのイメージは、ホットジンジャーエールだ。生姜にはピリッとした辛味成分があるけれど、のちに体の芯から温めてくれるといった効力がある。
ジンジャーエールの「エール」は上面発酵ビールの総称である「エール(Ale)」のことだが、日本語にすると同じ発音の言葉に「エール(yell)」がある。応援して勇気づけてくれる、励ましのエールだ。
この作品からは、寺地さんの真の優しさと「声をあげてもいいんだよ」というエールが聞こえるように感じた。
きゅっと狭まる喉から、胸の内を振り絞るように声に出す。違和感に声をあげ、心のわだかまりを掬いあげる。
高い声で、体を震わせて鳴くこまどり。
自分の声を大切に、己の歌を歌う。
私たちも想いを羽ばたかせることで、推進力を得て、鳥のように先へと飛ぶことができるのではないだろうか。空飛ぶ鳥の羽根のように、私は髪をなびかせて、向かい風を受けて前を向く。
その先が、ほんのり明るいこと。その小さな希望のありがたさに、私はこの本を抱きしめずにはいられない。
あわせて読みたい本
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髙森美由紀
徳間書店
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大竹真奈美(おおたけ・まなみ)
書店員の傍ら、小学校で読み聞かせ、図書ボランティア活動をしています。余生と積読の比率が気がかり。