採れたて本!【歴史・時代小説#18】
江戸初期の豊後で城代の一族郎党24人が惨殺された事件を、唯一の生存者が調べる『はぐれ鴉』は、第25回大藪春彦賞を受賞した。その赤神諒の新作は、金銀の産出量が減っていた元禄時代の佐渡を舞台にした時代ミステリーである。
冒頭から、繫がりも理由も不明ながら廃間歩(坑道)に集まった36人が落盤事故で全員死亡し、能舞台の天井の穴から磔にされたように大の字にぶら下がった侍の斬死体が発見されるも死体が消え、留守居役・升田喜平が首を吊って死んでいる状態で見つかり、いずれの現場にも血染めの大癋見の面があったという奇怪な事件が連続する。
一連の事件は、武田家に仕え、徳川家の家臣になると能楽師を伴って佐渡に赴任し、金銀山開発などで功績を残したが、死後に公金横領が発覚し一族が処刑された大久保長安の呪いとの噂も広まっていた。
折しも、切れ者と評判の荻原彦次郎重秀が佐渡奉行として赴任することが決まっていた。新奉行に先行して来島したがグウタラと評判の広間役・間瀬吉大夫と、凄腕振矩(測量)師・槌田勘兵衛の弟子で真面目な静野与右衛門という対照的なコンビが、大癋見事件を追うことになる。
3年前、厳重に警固、封印されたまま佐渡から幕府に送られた千両箱の中身が鉛にすり替えられた事件があり、落盤事故の直前に与右衛門の幼なじみのお鴇の父で山師の通称トンチボが姿を消していた。これらと大癋見事件の関連性も浮上し、事態は混迷を深めていく。
本書は、魅惑的な謎を解くミステリーだが、佐渡再生のため与右衛門が水没した間歩の水を海に流す大規模な工事を立案することで成長する技術・教養小説、将来を誓い合っていたお鴇が吉大夫との仲を深めていると嫉妬する与右衛門を描く恋愛小説、暗闇で効果を発揮する暗夜剣を遣う敵と吉大夫が戦う剣豪小説、重秀が佐渡奉行所の不正を暴き改革を断行する政治・経済小説などの要素も盛り込まれている。こうした謎解きとは無関係そうなエピソードが伏線として用いられ、元禄時代の佐渡でしか成立しないトリックと動機を浮かび上がらせる終盤は、ミステリー好きも満足できるはずだ。
重秀、与右衛門ら実在の人物を登場させることで、事件の構図が元禄時代に起きた大事件の見立てになっていたり、吉大夫の謎解きが後に重秀が進める経済政策のヒントになったりと、虚実の皮膜を操る著者の手腕も鮮やかだった。
かつては一獲千金を夢見て全国から人が集まり、鉱山労働者に衣食住を提供する店も増え賑わったが、主要産業が衰退し去る人も増えていた元禄時代の佐渡は、疲弊する現代の地方都市に近い。スパルタでぬるま湯に浸かっていたような役人の意識を変えた重秀による上からの改革と、佐渡を愛するが故に様々なアイディアを出す与右衛門ら下からの改革で佐渡の斜陽を食い止めようとするところは、地方再生のヒントになるように思えた。
『佐渡絢爛』
赤神 諒
徳間書店
評者=末國善己