田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」第22回

田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」

「すべてのまちに本屋を」
本と読者の未来のために、奔走する日々を綴るエッセイ


 今回は、出版物流通について考えていきたい。そして、現在の出版物流通が抱える課題が、「大きな出版業界」の衰退と「小さな出版界隈」の静かな広がりにどのような影響を与えているのかについて書いていきたい。

 これまでの連載でも度々触れてきたが、書店数の減少をベースに、出版物売上の減少もあり、「出版不況」ということが叫ばれるようになっているのだが、これはどういうことなのかについて説明することからはじめようと思う。

 これを理解するには、日本の出版物流通の知識がないと難しいかもしれない。それは日本の出版物流通が、定期的に(ほぼ毎日)発刊される雑誌流通をベースにした物流網に、書籍流通を載せることで成立してきたという点にある。

 すなわち、出版物を運送する物流業者は、「定期的に、一定量ある雑誌」を運搬することで収益を得ていたのだが、雑誌の休刊・廃刊が続くことでの定期性の崩壊、また、販売量の減少といったこと(これは、いうなれば、年金制度における「現役世代」と「受給世代」の関係性のような構造)、人件費やガソリン代の上昇といったコスト面からもその収益性が悪化し、多くの業者が出版物運送からの撤退を余儀なくされてきた。それでも出版物運送を支えてきた業者にも、2024年4月からトラックドライバーの時間外労働の960時間上限規制と改正改善基準告示が適用されたことにより、労働時間が短くなることで輸送能力が不足するいわゆる「物流の2024年問題」が重くのしかかってくる。

 それは、単に配送の遅れだけにとどまらず、出版物を運送する物流業者の運賃に反映され、2024年10月以降に実施予定の取次各社の配送コスト値上げにつながる。日本出版取次協会(取協)は7月23日、国土交通省が示す「標準的な運賃」水準まで出版輸送の運賃が増加した場合、取次会社の負担額が300億円近く増え、現在の2倍以上になるとの試算を公表した。

 政府は、どの業界に対しても、諸コストについて、サプライチェーン全体での適切な価格転嫁を行なうことを求めているが、再販売価格維持制度(再販制度)のある出版物では、取次も書店も上昇するコストを価格転嫁することはできないのだ。再販制度は、出版社が書籍や雑誌の定価を決定し、小売書店などで定価販売ができる制度である。よって、他業界と同じく運賃改定は避けられない環境下において、出版業界では、中間業者である取次は運賃上昇分を価格転嫁することはできないという、非常に困難な状況に陥っている。

 価格決定権者の出版社もまた、原材料の高騰により、印刷・製本に関するコストが急騰しており、これまでは価格の変動が長期にわたって小さいことから物価の優等生と言われていた書籍・雑誌の価格も、近年では上昇傾向にある。出版科学研究所によると2023年の出版市場では、新刊の平均価格は4.9%増(62円高)の1,317円となっている。

 2023年の紙の出版物の販売額減少の理由を、出版科学研究所は「紙の書籍の売上の落ち込みは新型コロナの巣ごもり需要が終息したのに加え、歴史的な物価高で本の価格が上がり、買い控えの動きが見られることが要因とみられる」としている。買い控えの動きが見られることによる売上の減少を実感してる出版社各社は、原材料の高騰分をすべて価格に転嫁することに踏み込めずにいる状況となっている。さらには、書店数の減少により、商品を書店店頭で展開しきれず、出版社の倉庫で保管されるケースが増え、その維持管理費、さらには在庫の増加は現金預金の増加と同じように所得金額の増加にカウントされることから、「品切・重版未定」と判断する期間も短くなっているという話も耳にする。

 冒頭で書いたとおり、⽇本の出版流通の最⼤の特徴は、出版物の共同配送にある。少部数発⾏による⻑期販売が適した書籍と、定期的で⼤量発⾏が必要な雑誌の両方を組み込み、更には取次ちょうあいの垣根を越えて、同一エリアの書店とCVS(コンビニエンスストア)へ配送することにより、⽇本全国規模で合理化を図っている。ここまで大きな全国規模での共同配送網は他業界・他産業にはないのではないだろうか。しかし、出版マーケットの縮小スピードに合理化策が追い付いておらず、業量(点数・冊数)が低下しているため運賃単価の上昇が続いており、さらに雑誌業量が減り配送効率が低下することにより運賃単価が上昇している。もともと採算に課題を抱える書籍の状況がより悪化するという負のスパイラルの中で、「出版配送の課題」は、書籍・雑誌区別なく出版物流網を維持できるかどうかという瀬戸際にあるとさえ感じられる。

 多品種少量における出版物流をどのように維持していくのか、本の価格が上昇してもお客さまが離れないか、などなど、悩みは尽きない。

 なお、「出版物売上の減少」と述べたが、これは、取次ルートにおけるそれであり、出版物取引ルートの多様化によって、把握できない売上高も多数ある。たとえば、読者への直接販売(雑誌「ハルメク」などの定期購読・配送)や、出版社が Amazon や書店に商品を送る際、取次を介さずに行う「じき取引」は拡大しており、その規模は不明なところである。

 また、出版社が発行する商業出版以外の出版物が多様化していることも指摘しておく必要があるだろう。すなわち、コミックマーケットや文学フリマなど、著者と購入者が一堂に会しての売買については増加傾向にある、ということである。また、メルカリなどに代表されるリユース文化、これは SDGs の傾向とも相まって、その発展も見逃せない。

 このような現象は、ネットショップが手軽に開業・運営できるようになったこともあり、他の業界でも起きている現象であり、ことさらに出版物「だけ」が不況、というわけではない。しかしながら、先述のとおり、出版流通が特殊な構造をもっており、「雑誌が厳しければ、書籍で」というわけにはいかないところが、日本の出版業界、特に書店の存続を難しくしている原因ということができるだろう。

 

 ここからは僕の妄想である。

 先ほど、昨今の状況下、出版される書籍の品切・重版未定となる期間が短くなっていることに触れたのだが、今の出版物流が本の可能性に寄り添っているのだろうかと考えてみた。

 書籍は本来、息の長い情報伝達の媒体であったはずである。著者の想いが文字となり、紙に印刷され製本され本になる。すべての本には旬があると僕は考えている。発売日は著者と出版社の事情で決められるものであり、読み手が発売日をその本の旬と感じているかどうかは別である。発売後2週間程の売上冊数が多い傾向はあるが、発売日が読者にとってその本の旬であるとは限らない。息の長い情報伝達の媒体であった書籍は、時代を超えて、読者が必要とした時に手元に届く環境が作れないだろうか。

 出版される書籍の品切・重版未定となる期間が短くなっていることは、読者が読みたい時に読めない、欲しいのに手に入らないという世界を作ってしまっていないだろうか、と思ってしまう。その役割は電子書籍でもいいのかもしれないと割り切ることもできるのだが、紙の本が、品切がなく、欲しい時に手に入る世界が作れないものだろうか。

 息の長い情報伝達の媒体である本の可能性に寄り添った出版とそれに適応した出版物流網ができたらいいな、と毎日考えているが、僕ではどうすることもできない。

 出版流通改革は誰のためにするのだろうか。
 なんのためにするのだろう。

 そこを突き詰めて考えてみてほしい。

 それが、本の可能性に寄り添うことではなく、本の可能性を狭めていることにつながっていやしないだろうか。

 応急処置では対応しきれず、根本的に作り替える必要がある今だからこそ、原点に立ち返って考えてみたいものである。


田口幹人(たぐち・みきと)
1973年岩手県生まれ。盛岡市の「第一書店」勤務を経て、実家の「まりや書店」を継ぐ。同店を閉じた後、盛岡市の「さわや書店」に入社、同社フェザン店統括店長に。地域の中にいかに本を根づかせるかをテーマに活動し話題となる。2019年に退社、合同会社 未来読書研究所の代表に。楽天ブックスネットワークの提供する少部数卸売サービス「Foyer」を手掛ける。著書に『まちの本屋』(ポプラ社)など。


「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」連載一覧

小原 晩「はだかのせなかにほっぺたつけて」第14話
採れたて本!【デビュー#21】