田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」第20回

田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」

「すべてのまちに本屋を」
本と読者の未来のために、奔走する日々を綴るエッセイ


 6月21日の夕方、広島の書店から連絡をいただき、「今期、公明党の働きかけもあり尾道市の学校図書予算は倍になりました」という嬉しい報告をいただいた。

 合同会社未来読書研究所(未読研)にとって尾道市は、2023年に重点的に動いた地域のひとつだった。

 NPO法人読書の時間が提案する読書推進活動に賛同いただいた公明党の佐々木さやか参議院議員と竹谷とし子参議院議員が中心となった声掛けにより、全国の地方議員が各自治体の学校図書館の現状把握に動いてくださったことからはじまっている。

 我々のような小さなNPO法人の言葉を熱心に聞いてくださり、子どもたちの学習環境整備と地域間格差を是正するために、と公明党に働きかけてくださり、公明党女性委員会を中心とした学校図書館の充実への勉強会を開催していただいたのが2023年6月28日だった。これを機に、全国各地の地方議員の皆さんと勉強会を重ね、地域ごとの課題を集約しつつ、秋の地方議会での学校図書館の活性化についての議論に繫がっていった。

 尾道市もそのひとつだった。福原謙二・尾道市議会公明党代表を筆頭に、尾道市議会公明党市議団の皆さんも、この活動に賛同いただき、2023年9月5日にNPO法人読書の時間との勉強会を開き、地元書店による蔵書点検から見えた課題をもとに、同10月4日の尾道市議会の決算特別委員会において、岡村隆・尾道市議会公明党幹事長が質問に立った。

 新たな蔵書を子どもたちに提供することが、文部科学省が学校図書館に求める「質の高い教育を平等に受ける機会の創出」「思考力・判断力・表現力等を育み、子どもの情報活用能力の育成」に繋がるとし、予算の増額の必要性を説いていただいたことで、国の交付金(学校図書館充実のための地方交付税)の予算化が全国平均を大きく下回っていた行政の意識を変えたのだと我々は考えている。 

 地方議員の協力を得て地域独自の問題を明確に示したことも、問題を掘りさげることに大きな役割を果たしている。尾道市の事例のように、地元図書館の現状を把握してデータ化し、議員を含めた地域の合意形成を図ることは、本来は「読書推進のハブ」である書店こそがやるべきではないだろうか。

 NPO法人読書の時間として、今後もこの活動を各書店と連携して進めていきたいと考えている。そして、2024年度に入り、少しずつ連携いただける地方書店が増えてきた。何より嬉しいことである。

 
 一方で、NPO法人読書の時間は、図書購入費の増額だけに尽力してきたわけではない。更新された本を学校に届けることは、あくまでも手段である。その更新された本を積極的に活用してもらうことが大切だと感じている。NPO法人読書の時間は、読書推進プログラム〝読書の時間〟を通じて、子どもたちの読書習慣づくりをサポートしていきたいと思っている。

 2021年から読書推進プログラムの構築は、筑波大学附属小学校国語科教諭の白坂洋一先生に監修として参画いただき、子どもたちの「読書環境」を守り、そして育むことを目指している。2024年2月まで全国各地の学校でモニター授業を繰り返し実施し、今年度からは公共図書館や児童館、保育園や学童保育、児童養護施設、子ども食堂、そして書店での実施の準備も進めている。

 読書推進プログラム〝読書の時間〟は、連携している大日本印刷(DNP)が制作した「DNP子ども読書活動支援キット 小学生版」を使用したワークショップを軸として構成されている。様々な環境で学校図書館を支えてきた各地の学校図書館関係者へのヒアリングを基に作られた「DNP子ども読書活動支援キット」は、「貼るだけ置くだけ!​手間いらずのキット」だ。教室や図書館で活用できる、子どもが主役の読書推進活動をサポートするもので、忙しい司書や教員の声を反映して制作された。

 先日、モニターとして活用いただいている先生からお話をうかがう機会があったのだが、子ども同士のコミュニケーションツールとして、廊下など多くの児童の目に触れる場所でも使用しているそうだ。キット内には、本を紹介し合う「​本のカルテ」というキットが入っている。小学6年生の児童がこんな本を読みたいと書いた本のカルテに、下級生の2年生の生徒がおすすめする本のコメントをしていたという。

 他にもこんな声があった。

「本結び」​は、使い方を教える前から子どもたち自らやり始め、チャートの結果からその本を探す・興味を持つというきっかけに繋がった。本棚の前で、こんな面白い本があったんだという子どもたち同士の会話も生まれ、新しい本を発見するきっかけになった、と。

 また、「本のカルテ」については、「友だちが紹介してくれた本なんだと言って喜んで持ってくる子がたくさんいた。友だちを通して新たな本に気づき、自然に手に取れるのは大切なことだと感じた。そして子どもたちが楽しそうにカルテを書いていたのが印象的だった。子どもたちの中に内在化しているものをアウトプットするという時間は、これまで授業の図書の時間ではやったことがない取り組みだった。実際に子どもたちが書いた内容や、丸を付けた興味ジャンルをみると、こちらにとっても新たな気づきが多く、子どもへの声掛けのヒントにもなった」とのご意見もいただいた。

 
 授業だから仕方なく読むのではなく、自発的に興味を持って「読みたい」と思ってもらいたいが、普段の授業や学校活動に追われ、読書指導としてより踏み込んだ活動まで手を伸ばせていないというヒアリングでの先生方の声から生まれたキットであることを考えると、そんな先生方のお手伝いになりえるのではないかと感じている。

 もちろん、「DNP子ども読書活動支援キット」以上の取り組みをされている先生や学校図書館関係者は数多くいる。その皆さんの取り組みを、時間がなくても、忙しくても、誰でも簡単に提供できることを目指して構築した、とDNPの作成チームのメンバーが話されていたのが印象的だった。

 本キットの監修を務めている白坂先生は、「DNP子ども読書活動支援キット」について以下のように述べている。

 
 1冊の本を通じて、ひとつの交流が生まれる。そうした読書環境をつくりたいと願っています。では、どのように読書環境づくりをしていけばいいのだろう。考えてみると、つい、頭を悩ませてしまいます。
 その第一歩として、「DNP子ども読書活動支援キット」をご活用いただけたらと思います。このキットには、「簡便性」「動作性」「交流性」「本と出合える」「ワクワクする第一印象」「探究性」といった6つの特長があります。例えば「本のカルテ」は、1冊の本を通じた交流が自然と生まれるしかけとなっています。「こんな本を紹介してほしい」という願いとともに、本のカルテを書きます。そのカルテを読んだ友だちが、本を紹介する活動となっています。もちろん、先生方のつくりたい学びに合わせて、読書環境をデザインすることだってできます。これからの読書活動の一翼を担うこととなるでしょう。

 
 いま、街の中で子どもたちが「本に出合う場所」がどんどん減っている。書店経営が立ち行かない現状は、社会環境の変化で仕方のない部分はあるが、町内に書店が一軒もないという地域も珍しくなくなっている。これによって、子どもたちには間違いなく教育格差が生まれているという側面があるのだ。

 そこで重要になるのが学校図書館だ。NPO法人読書の時間が、ここ数年学校図書館の整備と活性化を活動の中心として取り組んできたのもそれが理由である。子どもたちが親の力を借りず、自分の足だけで本に出合う場所として、学校図書館が最適解なのは間違いない。

「DNP子ども読書活動支援キット」は、読書推進になかなかリソースを割けない学校であっても、年に1〜2時間の取り組みをしてもらうことで、学校生活の中で子どもの興味を広げ、読書という重要なスキルを身に付けていくきっかけに繫がる。

 現在、NPO法人読書の時間では、「DNP子ども読書活動支援キット」と読書推進プログラム〝読書の時間〟を組み合せ、全国の書店を通じて、学校図書館のみならず、公共図書館や児童館、保育園や学童保育、児童養護施設、子ども食堂など、幅広く子どもたちと本のタッチポイントの整備を進めている。

 経済産業省の書店振興プロジェクトチームもしきりと「書店と図書館等との連携促進」の必要性を訴えている。「書店と図書館等との連携促進」は、単に本の納入業者を地元書店にするためにあるわけではなく、書店が図書館と連携して地域の読書推進活動に参画することができるきっかけとして、大きな転換点となるのではないかと考えている。NPO法人読書の時間は一貫して、書店を地域に残す社会的意義として、書店は「読書推進のハブ」である、と訴えてきた。読書環境を社会が支えていくために、書店ができることはたくさんあると信じている。そして、それは規模の大小はあまり関係ないのである。

 われわれの活動が、「読書推進のハブ」である書店と図書館等の橋渡しの一助となることができたらと思っている。


田口幹人(たぐち・みきと)
1973年岩手県生まれ。盛岡市の「第一書店」勤務を経て、実家の「まりや書店」を継ぐ。同店を閉じた後、盛岡市の「さわや書店」に入社、同社フェザン店統括店長に。地域の中にいかに本を根づかせるかをテーマに活動し話題となる。2019年に退社、合同会社 未来読書研究所の代表に。楽天ブックスネットワークの提供する少部数卸売サービス「Foyer」を手掛ける。著書に『まちの本屋』(ポプラ社)など。


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