採れたて本!【歴史・時代小説#24】
近年、アイヌを題材にした歴史小説が増えている。その多くは江戸後期から近代を舞台にアイヌへの弾圧を描いているが、本書は著者が得意とする戦国時代の、アイヌと和人の関係に着目している。
村で開かれる婚礼のため山菜を獲っていたアイヌの少女が、凶暴な羆に殺された。訳ありでなぜかウェナイヌ(悪党)と呼ばれているアイヌの壮年シラウキは、ついてきたハワシという男と共に、羆の追跡を始める。
大館(のちの松前)を治める蠣崎季廣の娘・稲姫は、許嫁の下国師季と市を歩いていた時に羆に襲われ、シラウキに救われた。お礼をしたい稲姫に屋敷へ招かれたシラウキとハワシだが、アイヌを見下す蠣崎の家臣団と争いになり、シラウキは稲姫を人質にして逃走する。稲姫を取り戻すため季廣は挙兵し、アイヌとの合戦になる。
アイヌと和人が相互不信を募らせた歴史を知らない自分が合戦の原因を作ったことを悔い、アイヌの村で暮らし伝統や文化を学んで理解を深めた稲姫は、蠣崎の主筋にあたる安東舜季に和睦の仲介を頼むため出羽国へ向かう。稲姫の旅には、シラウキらアイヌや、アイヌと交易している多国籍集団の有徳党などの思惑がからみ、さらに東北地方で繰り広げられていた武家の争い、本州のアイヌへの弾圧などが障壁になり、困難を極めていく。
著者は、稲姫の決死行の中に、約百年前、敵に追われた安東政季と郎党が本州から夷嶋(北海道)に渡るもアイヌとの軋轢が生まれアイヌの長コシャマインが蜂起したこと、稲姫の先祖である武田信廣が和睦を口実にコシャマインを呼び寄せ謀殺したこと、若き日のシラウキは、夷嶋守護・蠣崎義廣の甥で将来は亡き父が館主だった勝山館を継ぐ予定の蠣崎次郎基廣と二人で、憎しみを乗り越えアイヌと和人が対等に暮らせる社会を目指したが挫折したことなど、アイヌと和人の負のエピソードを織り込んでいる。ただ両者は対立関係にあっただけでなく、アイヌは和人の作る道具類が、和人はアイヌが獲る動物の毛皮や矢の尾羽、海産物が必要だったので、交易を通して共存できた可能性があったことも指摘されており、それが実現できなかった歴史は、異文化共生がいかに難しいものであるかを現代人に突きつけていた。
現代でも元からいた人たちと新興の人たちの対立は、小さなところではマンションの建設や住宅街の開発で新たに住み始めた住民と代々暮らしていた住民との対立、大きなところでは、アメリカ、オーストラリアの開拓史から現在のパレスチナ情勢まで古今東西を問わず起きている。シラウキと次郎の理想を受け継いだかのような稲姫が、アイヌと和人の戦いに終止符を打つため奔走する展開は、相手を理解し、相手の立場になって考える想像力を持ち、夢を捨てずに次世代に受け継ぐ道を作れば、異文化共生が実現できる社会に向かって進むと教えてくれるのである。
『円かなる大地』
武川 佑
講談社
評者=末國善己