採れたて本!【歴史・時代小説#22】
医療、技術を題材にした歴史時代小説は珍しくないが、侍と女性医師、紙問屋の若旦那が生理用品の開発に挑む滝沢志郎の新作は、その独創性に驚かされた。
菜澄藩の郷士で「剣鬼」の異名を持つ望月鞘音は、追い剝ぎに襲われ負傷した時に、傷口にあてると着け心地が柔らかく血もよく吸うサヤネ紙を作った。鞘音は幼馴染みで紙問屋の若旦那・壮介に傷の手当てに便利なサヤネ紙を卸していたが、それを町の女性医師・佐倉虎峰が大量に購入し手直しを頼んできたという。
サヤネ紙を月役(月経、生理)の処置に使いたいと考えていた虎峰だったが、それを知った鞘音は「女の下の用」には使わせないと激怒する。だが娘の若葉(実際には亡き兄夫婦の娘で養女)が初潮を迎え、「血の道」の不調で熱を出したところを虎峰に救われた鞘音は、女性の苦痛を理解し、虎峰、壮介と協力しながらサヤネ紙の改良を進めていく。
日本では古くから月役、出産で血を流す女性には「穢れ」があるとされていたことから、血盆経を信仰すれば救われるという教えがあり、菜澄の清泉寺は血盆経の聖地だった。勘当された壮介の兄・宗月は、出家して清泉寺の僧になっていた。生理用品の開発は当時の常識を変える「革命」にほかならず、根強い誤解と偏見にさらされた鞘音は、「女の下の用」が原因のひとつで師範代を務める大和田道場の経営危機に直面する。藩主の前で開催された他流試合の時、大和田道場の代表は鞘音ではなく師範の利右衛門が務めた。鞘音と戦えなかったことに不満を持つ藩の剣術指南役・眞家蓮次郎は、鞘音にいいがかりをつけては試合に持ち込もうとする。鞘音と蓮次郎が繰り広げる迫真の剣撃と、壮介一家の確執の行方も、物語を牽引する鍵になる。
現状のサヤネ紙には、漏れる、ずれる、かぶれる、一種類しかなく特に睡眠中の夜に対応できないなどの欠点があった。鞘音が、江戸時代の素材と技術だけでサヤネ紙を改良するところは技術小説として秀逸で、虎峰の助言はいまだに生理をタブー視しがちな現代日本の男性読者の生理への理解を深めてくれるはずだ。虎峰には女性というだけで医者になるのに苦労した過去があり、これは医学部入試の女性差別問題を想起させるなど、本書はジェンダー平等とは程遠い日本の現状を徹底的に暴いてみせたといえる。
改良サヤネ紙が完成に近づくと、量産化の壁が立ちはだかる。生理用品を「女の下の用」として見下す侍たちが、鞘音の説得で意識を変えサヤネ紙作りに参加するようになる展開は、同時に忠義や体面に縛られていた侍的な価値観からの解放も意味していた。それだけに本書は、男性が生理への理解を深めてくれることに期待する女性読者だけでなく、男らしさの規範意識に苦しんでいる男性読者にも勇気と希望を与えてくれるのである。
『月花美人』
滝沢志郎
KADOKAWA
評者=末國善己