採れたて本!【歴史・時代小説#23】
2022年に『恩送り 泥濘の十手』で第一回警察小説新人賞を受賞した麻宮好は、その後も『母子月 神の音に翔ぶ』『日輪草 泥濘の十手』と質の高い時代ミステリを発表している。その新作は、奇妙な習慣がある山村を舞台にしており、岡山県を舞台にした横溝正史の金田一耕助シリーズが好きな読者は特に楽しめるだろう。
江戸南町奉行所の隠密同心・長澤多門は、上品の砥石が採れる小日向藩石場村が幕府の保護を受けているにもかかわらず砥石を横流ししている疑惑を調べるよう奉行の根岸肥後守鎮衛に命じられる。砥石の質や量、帳簿などを検める砥改人に扮し石場村へ向かった多門は、砥窪(砥石の切り場)の前で、煙のように消えた若い男と、村のことを胡乱な場所だという謎の女に出会う。
帳簿の写しを調べた多門だが、不正の証拠は見つからない。子供たちからさりげなく村の実情を聞こうと手習所を開いた多門は、村には「おりゅうさま」なる神を祀った建物があり、その裏は禁足地になっているが、なぜか取り上げ婆のタケ婆だけは入ることが許されているという掟があると知る。また多門は、小弥太と、障害があり夜しか出歩けないが気の荒い牝馬がなついている伊万里の兄弟に興味を持つ。
一方、遊女だったが落籍され村長の息子・新太郎に嫁いだ加恵は、主家の改易で困窮する家族を救うため大金と引き換えに石場村の男と結婚した姉が、高い所が苦手なのに転落死した謎を調べていた。
砥石と白炭で潤っている村は桃源郷になぞらえる女がいるほどだ。だが男の結婚相手になぜ親類縁者のいない女が選ばれるのか、タケ婆には産まれた子を殺している疑惑があるがなぜ豊かな村で間引きが行われるのか、50年ほど前に突然、祀られた「おりゅうさま」とは何か、砥石の採掘で短命だった村の男の寿命を延ばしたとされる蓬茶とは何かなど、次々と謎が現れるので静かな展開の中に圧倒的なサスペンスがあり、引き込まれてしまうはずだ。
現代でも都市、地方を問わず古い習慣が残っている地域はあるし、日本人が当たり前と思っているルールが外国人には理解できないケースもあるので、奇妙で不可解な掟がある石場村は、すべての社会、組織の縮図ともいえるだろう。理不尽でもルールに従っていれば豊かな生活ができる石場村の存在は、意に沿わなくても我慢して安定を取るか、今までの生活水準は維持できないが自由を取るかの選択を読者に突きつけていた。外部から連れて来られた村の女たちは、豊かさと引き換えに籠の鳥になることを強いられるが、これはいまだに女性の活躍の場を制限しがちな現代日本の戯画に思えてならない。
多門によって村が隠していた秘密が暴かれると、豊かさとは何かという問い掛けが浮かび上がってくる。本書の終盤は、経済の成長だけを追い求め、その他の大切なことを切り捨ててきた日本の現状へ一石を投じているのである。
『龍ノ眼』
麻宮 好
祥伝社
評者=末國善己