◎編集者コラム◎ 『正午派2025』佐藤正午

◎編集者コラム◎

『正午派2025』佐藤正午


 すこし長くなりますが昔話から始めます。

 いまはむかしの2009年11月、『正午派』というタイトルの単行本が刊行されました。
 他人事のように書き出してますけど、およそ15年前にこの本の編集現場を担当したのが、当時30代半ばの僕でした。

 いっぱんてきに、小説やエッセイ集などの単行本は、刊行から2〜3年ていどの時間が経つと、文庫化されますよね。「待望の文庫化!」みたいな宣伝文句、よく目にしますよね。けれどもこの『正午派』は、文庫化はむずかしいだろうなぁと考えていました。
 なにしろ、作家・佐藤正午さんのデビュー25周年を記念して編集された本です。それまで未収録だった短編小説やエッセイなどの原稿のほかに、25年ぶんの執筆活動を追った年譜にもかなりページを割いています。そんな(ちょっと特殊な)単行本を、たとえば刊行から3年後、デビューから28年とか中途半端なタイミングでそのまま文庫化しても、正直なところ、なんだかなぁ、と考えていたのです。考えていたのはおそらく僕だけではなく、正午さん本人からも単行本『正午派』の文庫化についてはその頃いっさい話はありませんでした。

 ただし。
 僕は当時、頭の片隅でぼんやりと、こんなこともイメージしていました。
 もし仮に、『正午派』を文庫のかたちにする機会がこの先あるとすれば、それは15年後とか、25年後とかに訪れる作家にとっての「節目の年」になるだろう、経過したその時間ぶん年譜などの内容も新たに追加・補充したものでなければ、一冊の本として恰好がつかないだろう、と。
 あくまで、ばくぜんとしたイメージでした。15年後とか25年後なんて、はっきり言って、そんな先のことはわかりませんからね。どこかで仕事を放り出してばっくれてる可能性だってあります(冗談です)。なにより15年先、25年先、元気に仕事をつづけていられるのかどうかすらわかりませんでしたからね、編集者も作家も(こっちはけっこう本気です)。

 昔話はここまで。
 さてそれから15年──というわけです。

 幸いなことに『正午派』の最新版『正午派2025』を、佐藤正午さんの作家生活40周年のこのタイミングで刊行できました。
 前述のとおり、(ここは強調しておきたいのでマーカー引いときますけど)「単行本の文庫化」ではありません。単行本に収録した2009年までの年譜の内容もバージョンアップさせ、もちろん2010年以降の年譜も新たに製作しました。この15年のあいだに正午さんが書かれたエッセイなど(つまり単行本には入っていない原稿)も本書『正午派2025』には収録してあります。

活版文字
「この本のカバーにはデジタルの書体を使いたくない」という装幀家のアイデアから、活版印刷された文字を清刷として使用しました。印圧を少しずつ変えてもらい、何十パターンもありましたね。ぜひ実物で。

 なにせ作家生活40周年です。
 この1年だけ振り返っても、他の版元からは『ジャンプ』『身の上話』『彼女について知ることのすべて』の新装版文庫、『かなりいい加減な略歴』『佐世保で考えたこと』『つまらないものですが。』のエッセイ・コレクションシリーズ、それから『』も新たなレーベルで文庫版が刊行されています。弊社からも直木賞受賞第一作『冬に子供が生まれる』が刊行されました。
 1984年刊行のデビュー作『永遠の1/2』から2024年に出た上記の作品まで、『正午派2025』の年譜ページには正午さんの全著作の写真を掲載しています。
 佐藤正午作品に長く慣れ親しんでいる〝正午派〟の読者のみなさまには、あの頃は……、といろいろ振り返っていただけるものと信じています。そして、佐藤正午作品に興味はあるけれどまだ読んだことがない(『月の満ち欠け』と『鳩の撃退法』の映画は見たけど)、といったかたにも、これ以上ないくらい作家のプロフィールがわかり、短編小説やエッセイなどもたっぷり読めますから、〝正午派〟への入口として最適な一冊に仕上がっているはずです。

 ちなみに。
 文庫版の刊行が、どうして15年後のこのタイミングだったか(25年後ではなかったのか)、といった経緯は、本書『正午派2025』の「あとがき」でおたのしみください。ここだけの話、正午さんが、こんなこと書いちゃったけど編集部的にだいじょうぶ? と心配されるほど、事実を詳しく書かれていますので。

──『正午派2025』担当編集者より

正午派2025
『正午派2025』
佐藤正午
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.180 BOOKアマノ布橋店 山本明広さん
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