週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.180 BOOKアマノ布橋店 山本明広さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 BOOKアマノ布橋店 山本明広さん

 新しい年を迎え、一年の目標を立てるなどして前向きになるこの時期にぴったりの一冊を今回は紹介したいと思います。

『ひまわり』書影

『ひまわり』
新川帆立
幻冬舎

 今作の主人公、ひまりはおしゃべりと食べることが大好き。小さい頃、兄が同級生・額田レオの家に遊びに行くのに無理やりついていったことをきっかけに、レオの母でアメリカ出身のレイチェルと仲良くなり、彼女の作るお菓子や外国の話に夢中になります。

 やがて大人になり、好きなことを活かして商社に就職。世界を飛び回って活躍していたのですが、海外出張から帰国したある日、交通事故に遭って首から下が動かなくなる重傷を負ってしまいます。それでも意識はしっかりしているし、物事を考えることも喋ることもできるため、復職を目指して過酷なリハビリに懸命に取り組みます。

 ただ座るだけ、車椅子からベッドに移動するだけ。何の問題もなく過ごしている人からはそんな風に思ってしまうことさえも出来ない。そんな状態からのスタートですから、それは想像を絶するような過酷さで、同じ施設でリハビリに励む人たちが挫折しそうになったり、周りの人に当たったりする様子にこちらまで辛くなってしまいます。

 しかし、それほどのリハビリをどんなにがんばっても会社からいい返事がもらえることはなく、それどころか暗に退職を迫られる対応をされる始末。復帰を諦めて、市役所の就労支援担当窓口へ行くのですが、そこで生活保護の受給を勧められてしまい、検察官になった幼馴染のレオから「口さえ動けばどうにかなる」と、司法試験を受けて弁護士になることを提案されます。

 自分で鉛筆を握れない、六法全書をめくることも出来ない。それでも過酷なリハビリを続けながら、健常者にとっても狭き門である司法試験を突破するために必死で勉強していくのですが、四肢に麻痺を抱える受験者として試験を受けるために必要な物事を要求する中で「前例がない」と試験を受けることすら困難な状況に陥ります。それでも、レオをはじめ、家族やヘルパーのヒカル、ロースクールの先生や仲間たちといった周りの人たちの協力を得ながら、その道を切り拓くために戦っていくのです。

 この作品を読んでいると、最初は「ひまり、がんばれ」と思いながら見守っていたはずが、一緒に挑戦している気持ちになってしまいます。彼女の周りにいる人々もきっと同じような気持ちになっていたことでしょう。前向きな明るい姿が周りを惹きつけ、いざという時の助けになってくれる。そして生きている限り必ず道はある。そう思わせてくれる勇気と希望にあふれた物語です。

 

あわせて読みたい本

街角ファンタジア

『街角ファンタジア』
村山早紀
実業之日本社

 日々、海の向こうから息が詰まるような戦火の様子が届き、この国でも辛いニュースを目にしたり相次ぐ天災に見舞われて身も心も打ちひしがれたりする。そんな世界で生きていくことは大変で、辛くなってしまうこともある。でもこの物語の中では、真面目に生きる市井の人々へ優しい奇跡が訪れて、読むたびに心が温められると同時にこんな世の中でも実直に生きてみようと思わせてくれる。各話に登場して重要な役割を果たしている猫の存在にも注目。

 

おすすめの小学館文庫

今、出来る、精一杯。

『今、出来る、精一杯。』
根本宗子
小学館文庫

 劇団・月刊「根本宗子」を主宰する著者が執筆し、上演された戯曲を小説化。とあるスーパーのバックヤードを舞台に、そこで働く人々のどうしようもない姿がこれでもかと炸裂する。気に入らない若いアルバイトに難癖付けるお局様とか、なぜかそれに対して何も言えない社員とか、アルバイト同士で交際している男女とか、「あるある」なんて思って見ていたものが、やがて異様な雰囲気に包まれていく。お互いが噛み合わないジリジリした状況が続く中、それぞれの想いが爆発したその先に見えたものは……。コミュニケーションを諦めないことで生まれる思いも寄らない展開から目が離せない。

 

山本明広(やまもと・あきひろ)
静岡県浜松市出身の書店員。店では書籍全般と文庫を担当。静岡書店大賞の実行委員も務めています。


◎編集者コラム◎ 『ときどき、京都人。』永江朗
◎編集者コラム◎ 『正午派2025』佐藤正午