週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.140 丸善丸の内本店 高頭佐和子さん
『かざらないひと 「私のものさし」で私らしく生きるヒント』
編/月と文社
月と文社
「かざらないひと」ってどういう人のことだろう? 自分を実際以上に盛って見せようとしない人? 変なところやかっこ悪いところを隠さない人のことも、そう言うのかも。「かざらない」というとかっこいいけれど、それは自然体でも素敵って言ってもらえる一部の人だけが許されることじゃないのかなあ。普通の人にはきびしいよ……。
そんなことを思いながら、この本を手に取った。フリーアナウンサーの赤江珠緒氏、家政婦で料理人のタサン志麻氏、産婦人科専門医の高尾美穂氏、フリーアナウンサーの堀井美香氏、「北欧、暮らしの雑貨店」店長の佐藤友子氏。それぞれの分野で独自の活躍をし、注目を集める5人の女性たちが登場する。編者(雑誌『日経WOMAN』の元編集長で、出版元の月と文社を設立した藤川明日香氏)による序文は、こんな言葉から始まっている。
「その存在に、とても心が惹かれるけれど、心がざわざわしない人。」
心がざわざわするとは、「仕事の成功度、地位、財力、学歴、外見など、世間一般のさまざまな『ものさし』ではかったときに上位の数値をたたき出す人」に対し、勝手に感じてしまうものだと藤川氏は書く。同じくらいの年齢の誰かより、持っているものが少ないとか貧弱だと感じて、自分にがっかりしたという経験は私にもある。相手が、私を「ものさし」で測ろうとしていると気づいて、居心地悪く感じたこともある。そんな時には、多分無意識のうちにかざるものを増やしたり減らしたりして自分の見せ方を調整している。かざらない自分でいることが、不安になるのだ。他人の幸せと自分の幸せは違うことはよくわかっているはずなのに、なぜなのだろう。編者が「ざわざわしない」という彼女たちのことをもっと知りたくなった。
子ども時代から現在までの生き方や、それぞれの時代に考えていたことが、インタビュー形式で綴られている。小さな経験をいくつも積み重ね、悩みながら自分で道を選び、現在の彼女たちになった過程が、印象に残る言葉で引き出されていく。どの人も、定めた目標に向かってただまっすぐ進んだわけではない。誰かの言葉や成り行きによって進む方向が変わったり、立ち止まって考えたり、やりたいことに気がつくまで長い時間がかかっていたり……。嫌な思いをしたことや挫折した経験などは、共感できることばかりで、素敵だけれど普通の人たちなんだなあと思う。そんな彼女たちに共通するのは、好きなことややりたい気持ち、自分だからできることを大切にしていること、そして世間のものさしに合わせて何かに執着することをしないことだ。
当たり前のことだけれど、自分と似ている人はいても、全く同じ人はどこにもいない。できることもやりたいことも違っていて当然で、本当は誰もが自分のものさしを持っているはずだ。それを使うことを恐れない人が「かざらないひと」なのではないだろうか。
周囲を見まわすと、「かざらないひと」は案外と少なくない。特別な人じゃなくても、誰にでも、そうなれる可能性はあるのだと思う。自分のものさしも他人のものさしも、あたりまえのように大切にできて、世間のものさしからみんなが解放される社会は、案外実現不可能ではないのではないのかもしれない。最後にもう一度序文を読みながら、そんなことを思った。
あわせて読みたい本
『別冊太陽 小泉今日子 そして、今日のわたし』
編/別冊太陽編集部
平凡社
「かざらないひと」と聞いて頭に浮かんだのは、この表紙の小泉今日子さん。ファッション誌に登場する時とは違う表情に惹かれました。子ども時代から現代までの小泉さんが、たくさんの写真と言葉、影響を受けた人々との対談で記録されています。「もしもお店を開くことになったら何屋さんになりたいですか」と言う質問に対する答えは、なんと!「本屋さん」でした。いつか同業者になれる日が来るでしょうか?
おすすめの小学館文庫
『書くインタビュー6』
佐藤正午
小学館文庫
小説家と編集者との往復メール集です。編集者からの質問が、ナナメの方向から回答されたり、完全にスルーされたりするのが魅力です。久々の新刊『冬に子どもが生まれる』(小学館)を読み終えて、佐藤正午熱が高まっている時に購入したのですが、読んでいるうちに『月の満ち欠け』(岩波文庫)や『鳩の撃退法』(小学館文庫)を再読しなければという気持ちになりました。まだ読んでいない作品があったことも、思い出しました。今から次の作品が楽しみだけれど、刊行されるのはきっと何年も先だと思うので、『書くインタビュー』と既刊小説を交互に読みつつ、じっくり待つつもりです。
高頭佐和子(たかとう・さわこ)
文芸書担当書店員です。丸善丸の内本店は東京駅の目の前です。ぜひお越しください。