週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.185 くまざわ書店営業推進部 飯田正人さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 くまざわ書店営業推進部 飯田正人さん


『PRIZE』書影

『PRIZE』
村山由佳
文藝春秋

 きょうは最近読んだ恐ろしく面白い本を紹介します。村山由佳『PRIZE』という小説です。PRIZEとは賞という意味です。この作品は「直木賞」が欲しくてたまらない小説家・天羽カインを中心に展開されるドタバタ悲喜劇であります。大変なことが起こります。

 みなさん直木賞や芥川賞についてはご存じでしょうか。直木賞は「エンタメ小説」の、比較的キャリアのある方が受賞することの多い賞です。芥川賞は「純文学」の新人に贈られる賞です。芥川賞のほうがなんとなく知名度があるかもしれませんが、純文学というのは独特の形式や文体があるので、読み慣れない人には直木賞のほうが安心です。

 物語は天羽カインのサイン会の場面から始まります。会場に掲示されている著者のプロフィールにはこうあります。
 

 ライトノベル作家の登竜門〈サザンクロス新人賞〉において、史上初めて最優秀賞と読書賞をダブル受賞してデビュー。三年後には初の一般小説を上梓し、同作品でその年の〈本屋大賞〉を受賞。以来絶え間なくベストセラーを生み出し続け、ドラマ化・映像化作品も多数。現在は長野県軽井沢に暮らす──。


 おお、本屋大賞をとっているのか!「本屋大賞」というのは全国の書店員の人の投票で決まる賞です。「書店員がいちばん売りたい賞」なので、広くおすすめしやすい、読みやすい本が選ばれます。超大ベテランよりはフレッシュめな方が選ばれることが多いですかね(芥川賞作家が大賞となったこともありますし、直木賞と本屋大賞をダブル受賞した作品もあります)。

 さて、サイン会を終えて自宅に帰ってきたら天羽カインは、次のように直木賞に対する渇望を語ります。
 

 出せば売れる、というだけではもう足りないのだった。身体じゅうの全細胞が、正当に評価される栄誉に飢えて餓えている。世間や書店のお墨付きは得た、あとは文壇から、同業者から、作家としての実力を認められたい。いや、認めさせたい。これ以上、〈天羽カイン〉を軽んじることは許さない。夫にも、誰にもだ。



 天羽カインの熱量はすさまじく、ちょっと笑えてしまうほどなのですが、そこに巻き込まれていくふたりの編集者がいます。ひとりは南十字書房の緒沢千紘。このひとはまだ若いけれども実力があり、次第に天羽カインの信頼を獲得し、関係を深めていきます。たいしたものです。

 もうひとりは文藝春秋のベテラン編集者・石田三成(みつなりではなくさんせいと読む)。天羽カインとは長年の付き合いであると同時に「オール讀物」の編集長、つまり直木賞の選考会の司会を担当する係であり、天羽から直木賞について便宜をはかってくれないかとことあるごとに絡まれげんなりします。

 ほかにも己を過信しているイタめな新人作家・市之丞隆志こと鈴木隆、天羽カインと別居しているモラ夫、ベテラン作家の北方謙三、じゃなかった南方権三などなど強烈なキャラクターが登場し、それぞれ役割を果たします。

 

 ところで、このような出版業界モノのフィクションでは実在の出版社をモデルにして名前をもじった名称が出てくることが多いのですが、本作の連載を担当した石井さんによると、架空の賞でなく直木賞を渇望する小説家を主人公とするにあたり、直木賞の発表誌である「オール讀物」や、直木賞を主催する「日本文学振興会」も実名でいくことになったそうです。「文藝春秋」もそのまま出てくるのでリアリティがかなり感じられます。

 ここまでさらっと書いてきましたが、直木賞や本屋大賞が実名で出てくるのってそうそうありません。たとえば『とっても!ラッキーマン』というマンガでは主人公の追手内洋一のお父さんは「なっ大きい賞」を受賞している作家でした。わたしはどうしても「なっ大きい賞」が欲しい!ではいまいち迫力が出ませんよね。

 界隈ではここまで裏側を描いてよいのか?とざわざわしており、そこも読みどころのひとつですが、本書の最大の魅力はなんといってもストーリーテリングが面白くてぐいぐいいけちゃうところです。起こってほしくないことがどんどん起こります。これ一体どうなっちゃうの?って最後まで読めてしまいます。

 直木賞を題材にしてエンタメとしてここまで面白いことの説得力たるやの作品が直木賞になったら面白いじゃんって? わたしもいいと思うんですけど、村山由佳さんはもうずっと前にすでに受賞されていて、2回はとれないみたいです。なんで2回目はだめなのよお! わたしはもう1回直木賞が欲しいのよおお!(絶対ゆってない)

 ということで、とても面白いのでオススメです!

  

 前回まちがえてお別れのあいさつを書いてしまいましたが、今回が真のわたしの最終回とのことです。この1年間、「小説丸 飯田」で毎日エゴサしていっこも読者の声はみつからなかったけど、みなさん楽しく読んでくれたでしょうか。わたしも読者からの承認が欲しいよお!

 またどこかでお会いしましょう。
 シー!ユー!スーン!

  

あわせて読みたい本

『一億年のテレスコープ』書影

『一億年のテレスコープ
春暮康一
早川書房

 賞といえば、書店員個人が選んで贈っている文学賞、というムーブメントがございまして、実はわたしも飯田の選ぶ「飯田賞」をぶち上げておるんです(はずかしい)。で、ついこないだの1月、第9回に選んだのがこの本であります。テレスコープというのは望遠鏡のことで、遠くをみるためにどんどん遠くへいったひとのお話です。ちょっと時系列がいりまじった複雑な構成なんですけど、宇宙がはじまって終わるようなスケールで星をめぐる大冒険に心の底からワクワクしますよ!

 

おすすめの小学館文庫

ゴールドサンセット

『ゴールドサンセット』
白尾 悠
小学館文庫

 こちらは最近友だちに勧められて読んで面白かった本です。「素人高齢者限定の劇団」を横糸に、未来にかなり希望が持てないなあって感じの人たちの様を描いていく連作短編集です。作中にはシェイクスピアやチェーホフの作品のセリフがたくさん出てきて、それがみんなの心に小さな火を灯します。個人的には第三幕にギョッとしました。

飯田正人(いいだ・まさと)
書店バイヤーをしています。趣味は映画(年間100本映画館で観ます)。最近嬉しかったことは指導担当のお店が褒められていることと、自宅の台所の下にもうひとつ収納があると気づいたこと。


採れたて本!【歴史・時代小説#27】
連載第26回 「映像と小説のあいだ」 春日太一