佐々木裕一『警視庁の忍者』

世界中の読者に届けたい
担当の編集N氏と、神楽坂のお店で食事をしていた時、次の作品の話題になった。海外の読者にも楽しんでいただける物語を書きたい。私はそう打ち明けた。現代物だと。
時代小説作家が現代物を書きたいというのに、N氏は笑って流すことなく、真剣に聞いてくださった。
日本に興味を持っている海外の人は、忍者も好きだという人も多いから、忍者を主人公にするのはいいかもしれませんね。マンガや映像化も視野に入れて。
夢はでっかくいこう!
お酒の勢いもあり、話は弾んだ。そして構想が浮かんだのが、『警視庁の忍者』だ。
面白そうだから、書くなら早いほうがいい。そういったN氏の目は輝いていた。
打ち合わせを終えて帰宅早々、プロットを立ち上げた。忍者の魅力は、忍術と忍具だ。
古風な忍具もいいが、やはり現代の忍者は先進技術を駆使した装備を持っていたほうがおもしろいはず。人を一瞬で気絶させる電撃苦無なんてどうだろう。新しい武器や防具を考えているだけで楽しくなった。しかしながら、当時は時代小説のシリーズを五つ手がけていたため、シリーズが一つ完結するまで、ゆっくりと書き進めていく日が続いた。そして今年、ようやく本編にとりかかった。壁にぶつかってないといえば噓になる。プロットはいい感じだった。がしかし、時代小説を長く続けてきた私は、頭はどっぷりと江戸時代に浸っている。そのため、現代小説を書いていても、なんだか台詞が堅い。今の若者は、どんなしゃべり方をしているんだっけ? まずはここからはじめなければいけなかった。
主人公の忍者については、時代小説と共通したところもあるため、キャラクターの行動に苦労はなく、むしろ、書いていて新鮮だった。
この物語で大きなテーマにしているのは二つある。一つは、江戸時代から続いている人身売買の闇。二つ目は、若者に広がり続けている薬物問題だ。とはいえ、物語の肝になっている新しい薬物は、ほぼ想像の域を脱していない。あくまで小説の中の物語だ。
舞台は夜の新宿だ。インバウンドで以前に増して賑わう夜の新宿には、いろいろな誘惑がある。その中には、悪意をもって人の日常を奪う輩もいる。そんな闇の組織に立ち向かう忍者を書きたかった。
エンターテインメントとしてアクションが多い作品だが、騙し騙される人間模様にも焦点を当てているため、ミステリーが好きな方にも楽しんでいただけると信じている。
皆様、どうぞお手に取ってみてくださいませ。
佐々木裕一(ささき・ゆういち)
1967年、広島県三次市生まれ。2003年に、架空戦記『ネオ・ワールドウォー』(経済界)でデビュー。2010年、『浪人若さま新見左近 闇の剣』で一躍人気作家へ。おもな人気シリーズ作品に、「公家武者信平」「身代わり若殿葉月定光」がある。