佐々木裕一 『義士切腹 忠臣蔵の姫 阿久利』

佐々木裕一 『義士切腹 忠臣蔵の姫 阿久利』

忠臣蔵の執筆は時代小説作家の義務


 題名は、ある編集者さんから言われた言葉です。

 私は広島県三次市で生まれ育ち、幼い頃から時代劇が大好きでした。四十歳を過ぎた頃に、「読む時代劇」をテーマに時代小説を書きはじめました。

 時々、小説のネタに詰まることもあります。そんな時知人から、「三次にはいい材料がたくさんあるでしょ」と、ヒントをいただきました。何かはおっしゃってくださらない。自分で探せということです。その場で思い浮かんだのが、妖怪と阿久利姫でした。三次は妖怪発祥の地として、もののけミュージアムまで建設してしまう熱の入れ様。

 そしてもう一つ、赤穂浅野内匠頭の妻、阿久利姫の里が三次なのです。

 編集者さんとの打ち合わせの席で、阿久利姫を主人公にした小説を書いてみたいと思っている、と、ぽろっと出てしまった。言ってみたものの、いざ書くとなると迂闊にすすめるわけにはいかないことに気付きました。何せ阿久利を語るには、超がつくほど有名な忠臣蔵が関わってくる。江戸時代から数多の作家が手がけ、現代も新たな作品が生まれている忠臣蔵です。読み手も知り尽くしているだけに、歴史を大きくはずれた物は敬遠されるどころか、技量を疑われるはめになる。書くと宣言したものの、冷や汗が出てきたのを覚えています。

 構想八年。歴史書を読みあさり、忠臣蔵を知れば知るほど意欲が増していき、このたびようやく、完結することができました。

 主人公の阿久利姫は、とにかく資料がなく人物像を把握できない。悩んでいた時、作家の腕の見せどころだと言われ、背中を押されました。

 構想中、常に考えていたのが、阿久利姫が浅野内匠頭の切腹を知った時、どう思ったのか、ということです。現代に置き換えてみれば、朝会社に出勤した夫が同僚と喧嘩をして社長の怒りを買い、その日の夜に死刑になった。

 現代ではあり得ないことですが、もしそうなった時、残された妻は、不公平な裁きで無罪放免となった夫の喧嘩相手を、夫の部下に命を捨てさせてまで、敵を取ってほしいと願うだろうか。

 現代に置き換えるのがそもそもおかしい、とおっしゃる人もおられるでしょうが、家臣を大事にし、御家を守っていた阿久利姫を主人公にするには、やはりそこが気になり、私なりの想像を組み入れ、「忠臣蔵の姫 阿久利」と、完結編の「義士切腹 忠臣蔵の姫 阿久利」を執筆しました。

 両書が百年後も読まれていることを願いつつ。

 


佐々木裕一(ささき・ゆういち)
1967年、広島県三次市出身。2003年に、架空戦記『ネオ・ワールドウォー』(経済界)でデビュー。2010年、『浪人若さま 新見左近 闇の剣』で一躍人気作家へ。主な人気シリーズ作品に、「浪人若さま 新見左近」「公家武者 信平」「身代わり若殿 葉月定光」がある。前巻『忠臣蔵の姫 阿久利』が注目を浴びる。

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義士切腹 忠臣蔵の姫 阿久利

『義士切腹 忠臣蔵の姫 阿久利』
著/佐々木裕一

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