採れたて本!【国内ミステリ#36】

採れたて本!【国内ミステリ#36】

 まさきとしかの作風の顕著な特色としては、多くの作品で自身の在住地である北海道を舞台にしていることと、歪んだ親子関係を扱う場合が多いことが挙げられる。新刊『スピーチ』は、その2つを兼ね備えている点で、実に著者らしい作品だ。

 札幌市豊平川の川岸で発見された女性の遺体は、首に紐のようなもので絞められた跡があり、両目には黒い粘着テープが一直線に貼られていた。それは、北海道警察札幌方面澄川警察署の刑事になって1カ月の天道環奈が初めて目にした他殺死体だった。8年前、札幌市の隣の江別市で、全く同じ手口で女性が殺害されているが、犯人は捕まっていない。同一犯の仕業か、それとも模倣犯か。

 本書では警察の捜査の進行を描いた合間に、ある手記が随所に挟み込まれている。それは、息子が人を殺したことを知った母親が記したものだ。「愚かな母親にできる唯一の罪滅ぼし。それは死ぬ前に、私と息子のしたことを書き残すことかもしれません」……果たしてこの母子はどんな人生を送ってきたのか。引きこもりの息子とその母親、彼らを怪しんで詮索する隣人、そして警察。それぞれの動きが絡み合い、思わぬ事態へと発展してゆく過程はぞくぞくするような不穏さを漂わせている。

 主人公の環奈は、刑事としては新人だが警察官になって16年、年齢は36歳。思ったことをすぐ口にしてしまうなど、年齢のわりに落ち着きのない性格だが、被害者の気持ちに寄り添うのが得意という面を持つ。彼女の上司・緑川ミキ警部補は更にインパクトの強い人物だ。50歳だが風貌は年齢不詳、話し方はぶっきらぼうで、最初に女性だという説明がなければ男性だと勘違いしそうだ。事情聴取の相手に対しても遠慮がないし、まるで昭和の刑事のように思える一方、「なんでも無条件に受け入れるな。他人の意見にいちいち左右されるな」など、先輩らしい言葉を発することもある。

 環奈からどうして警察官になったのかと訊かれて「人の不幸を見たいから」と即答した緑川は、何らかの闇を抱えていそうなキャラクターだ。そんな彼女の言動の真意が判明するラスト数ページは、著者の小説の幕切れの中でも屈指の印象深さと言える。

 著者の警察小説といえば、『あの日、君は何をした』に始まる、警視庁捜査一課の三ツ矢秀平刑事と所轄の田所岳斗刑事が活躍するシリーズが代表作である。本書の緑川ミキと天道環奈もそれに劣らぬ魅力的なコンビであり、シリーズ化が期待できそうだ。

スピーチ

『スピーチ』
まさきとしか
幻冬舎

評者=千街晶之 

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