麻宮 好『ひまわりと銃弾』

「ひまわり」は二度と戻らない
日本初のゴッホ展が上野の国立博物館で開かれたのは、昭和33年。100点以上のゴッホ作品が東京に来るとあって、大勢の人が詰めかけたそうです。
ゴッホと言えば「ひまわり」の絵を思い浮かべる方も多いでしょう。彼の描いた「ひまわり」の中に、日本で喪われた一点があります。
深い青色を背景にした「ひまわり」の絵は、昭和20年の芦屋空襲で燃えてしまいました。
その「ひまわり」は二度と戻りません。
81年前の夏、この国は終戦を迎えました。毎年8月が近づくと、戦争特集がテレビで放映され、書店には戦争関連の本が並びます。戦争はやってはいけない。そこに疑いの余地はないと幼いときから思っていました。
けれど、本作『ひまわりと銃弾』の執筆を始めた頃、こんなことがありました。
塾講師として小学生に「反語表現」を教えているときのことです。
「戦争をしてもいいのだろうか」
反語ですから、続く言葉は「いや、絶対にいけない」になるはずでした。
ところが、板書する私の背に、思いがけぬ言葉が投げつけられたのです。
「やってもいいんじゃない」
耳を疑いました。聞き間違いではなかろうかと。
でも、言った当人は堂々としていました。彼の他にも2名が「時と場合によっては、戦争をやってもいい」と真面目な顔で口にしました。
時と場合によっては。
つまり、正義の戦争であれば。
それこそが、日本を間違った方向に導いた考えだったのではないでしょうか。
人と人とが殺し合う。そんな戦争を肯定する子どもたちがいる。怒りよりも恐ろしさを覚えました。
でも、81年前も同じだったのです。戦争を熱望する人々が日本には確かにいて、知らぬ間に戦争へと突き進んでいた。そして、たくさんの命が犠牲になりました。
喪われた命は二度と戻りません。
そんなことは、誰もがわかっているはずです。
それなのに、なぜ、世界から戦争はなくならないのだろう。
なぜ、この子たちは戦争を肯定するのだろう。
原稿を書きながらずっと問い続けていました。
このエッセイを読んでくださった方。『ひまわりと銃弾』を手に取ってくださった方。
自らに問いかけてみてください。
なぜ、日本は戦争をしたのだろう。
戦争で喪われるものとは何だろう。
ひとりひとりが問い続けることで、何かが変わると信じています。
麻宮 好(あさみや・こう)
群馬県生まれ。津田塾大学卒業。2020年、『月のスープのつくりかた』で、デビュー。22年に、『泥濘の十手』(刊行時、『恩送り 泥濘の十手』に改題)で、第1回警察小説新人賞を受賞。25年に『お内儀さんこそ、心に鬼を飼ってます おけいの戯作手帖』で、第14回日本歴史時代作家協会賞文庫書き下ろし新人賞を受賞。他著に『母子月 神の音に翔ぶ』『月のうらがわ』『龍ノ眼』『天がたり』などがある。





