採れたて本!【歴史・時代小説#39】

石井仁蔵は、チェスに魅了された4人の若者を描く青春小説『エヴァーグリーン・ゲーム』で第12回ポプラ社小説新人賞を受賞してデビューした。第2作の本書もチェスを題材にしているが作風を一変させ、チェスと歴史の転換点を重ねる歴史小説の連作短編集となっている。
歴史小説の連作短編集は、主人公や舞台が同じだと難易度は下がる。だが本書のように、チェスが題材なのは共通しているものの、一作ごとに時代、国、主人公を変えると、必要な資料が増えるなど執筆の労力が大きくなる。このハードルを易々と越え、初の歴史小説とは思えないほど外れのない連作短編集を完成させた著者の手腕には驚くばかりである。
ナポレオンに心酔しワーテルローの戦いに従軍し戦傷を負った兄がいる主人公が、流刑地のセントヘレナ島へ潜入しナポレオンの救出を試みるサスペンスあふれる「ナポレオン・オープニング」は、ナポレオンはチェスの名手だったのか、下手だったのかが物語を牽引していた。
1787年にアメリカ合衆国憲法制定会議が開催されたが、連邦議会の議席数の配分方、奴隷制度の扱いなどで紛糾した。「フランクリン・ギャンビット」は、ペンシルベニア邦(邦は現在の州)知事のベンジャミン・フランクリンが、チェスを使った場外交渉、独立戦争の英雄ワシントンとのチェス一騎打などで各邦の妥協点を探っていく。「コミュニスト・ディフェンス」は、ソ連が核兵器を撤去したことでキューバ危機は解決したと思われたが、核兵器の引渡しを拒否するカストロを説得するためソ連副首相のミコヤンが派遣され、チェスによる対話が始まる。この2編は、引き分けがある、取った駒は使えないといったチェスの特徴が見事に物語に活かされたいた。
メアリーが、女性参政権を賭けてヴィクトリア女王とチェス勝負をする「ヴィクトリアン・メイト」は、貴族の家に生まれたメアリーが女性参政権運動を始めるまでが詳細に描かれる。それを読むと現代日本の女性読者も勇気がもらえる。
「ジャパン・バリエーション」は、文明開化が進む明治時代にチェスと出会った五郎が、ポーン(将棋の歩に相当)として送られた日露戦争で、前線をチェス盤になぞらえ逆転の一手を思い付く。チェスと同じで死んだ兵士は甦らない戦場で戦う五郎は「敵とか味方とか」は「チェス盤の上だけにしたい」と口にするが、これは戦争の実態を知らず観念的にとらえて前のめりになっている日本の風潮へ一石を投じているように思えた。
「フランクリン・ギャンビット」では民主的な憲法、選挙制度、政府とは何か、「ヴィクトリアン・メイト」では女性の社会進出が議論されているが、これらは現代の日本でも重要な課題となっており、歴史から学ぶべきことは多い。
評者=末國善己






