照井希衣『ベラルーシ獄中留学記』

隔絶された世界で
「ヨーロッパ最後の独裁国家」といわれているベラルーシ。私はこの国で鉄道を撮影していたところ、職務質問を受け、手錠をかけられ、投獄された。どうやらスパイだと疑われたようだった。
確かに、不審に思われる要素はいくつもあった。スマホ2台に加え、ドローンを持っていたこと。ほぼリアルタイムで友人と連絡を取り合い、鉄道の写真を送っていたこと。パスポートの写真と身体的な性別が一致していなかったこと。これは性同一性障害のためだが、ベラルーシの警察がそのような事情を察してくれるはずがない。
そもそも、限りなく戦争当事国に近い立場のベラルーシに渡航すべきではなかった。私利私欲のままに行動してしまったことは反省している。非は全面的に自分にある。
いつ疑いが晴れるのか、見通しはまったく立たなかった。警察は何も説明してくれない。
囚人番号も囚人服も強制労働もなかった。変わり映えしない獄中の風景。国歌が流れ、食事が渡され、身体検査が行われ、そこからは永遠とも思える無の時間が続く。だんだん今日が何月何日かも曖昧となっていった。
言語は通じず、常識も通じず、インターネットから隔絶された世界。そんななか、私はロシア語を繙いていくことに楽しみを覚えた。ロシア語がわかれば、看守、囚人らとコミュニケーションを取ることができるし、獄中のシステムも見えてくる。いつしか私は獄中生活を「厳しい留学」と捉えるようになっていた。また、この夢のような奇妙で現実味のない体験を書籍という形で残せたら、という思いが、獄中生活を耐え忍ぶ支えになっていた。
この本を刊行すること自体に批判があることは当然のことだし、覚悟もしている。それでも残すと決めたから、向き合いたくない過去のことや、晒したくない自分の内面のことも、可能な限り率直に書き記した。
これは、ベラルーシで投獄された、1人の人間の人生の記録である。
最後になりますが、幸いにも200日程度の拘束で済み、無事に生きて帰って来られたのは、外務省、在ベラルーシ日本国大使館をはじめとした、関係者の方々の尽力のおかげにほかなりません。ご迷惑をおかけしたこと、大変申し訳なく思っています。その節は大変お世話になりました。ありがとうございました。また、心配をかけた家族、友人、知人の方々にもこの場を借りてお詫びします。
照井希衣(てるい・きい)
2000年神奈川県生まれ。2024年12月、ベラルーシにて鉄道を撮影していたところを拘束された。2025年6月、トランプ米大統領の恩赦により釈放。

