採れたて本!【歴史・時代小説#41】

採れたて本!【歴史・時代小説#41】

 文庫書き下ろし時代小説〈名残の飯〉シリーズなどで注目を集める伊多波碧は、NHKの朝ドラ『虎に翼』の主人公・猪爪寅子のモデルで日本初の女性判事になった三淵嘉子を主人公にした『裁判官 三淵嘉子の生涯』など、時代を切り開いた女性を題材にした歴史小説も発表している。

 その新作は、日本初の女性帝大生の1人で、植物色素の研究により博士号(2人目の女性理学博士)を取得した黒田チカの生涯を追っている。『裁判官 三淵嘉子の生涯』を書いた縁か、『虎に翼』のオープニングでアニメーションを担当したシシヤマザキが装画を描いている。

 チカは、佐賀藩士だった黒田平八とトクの5番目の子で、三女として生まれた。進歩的な平八は学問の重要性を理解していて、チカは学齢前なのに小学校へ通い、教室の外で授業を聞いていた。それを見ていた高等科の米満先生の尽力で、チカは学齢前なのに小学校入学を許される。

 だが入学したチカは、同級生の小太郎から嫌がらせを受ける。成績が優秀で親の理解もあったチカは、佐賀師範学校女子部(現在の佐賀大学文化教育学部)、東京女子高等師範学校(現在のお茶の水女子大学)へ進学するが、いつも小太郎のように批判する人がいた。特に初めて女性に門戸を開いた東北帝国大学(現在の東北大学)の入試では、女子が入学すると男性の枠が減るためか露骨に拒否反応を示す学生もいた。

 17歳の時、結婚していた小太郎と再会したチカは、「女は子を産んで一人前」で学問は必要なく「俺の子には勉強なんざやらせねえ」と言われる。小太郎的な価値観は現代日本にも根強く残っていて、女性は進学、就職、結婚、出産といった人生の節目になると、男性にはない選択を迫られることがある。チカも、こうした障害に直面するが、結婚せずに学問を続けることを認めてくれた両親、同じ志を持った学友たち、一人前の研究者になるため厳しくも親身に指導してくれた教授たち、食事の世話などをしてくれた下宿のおかみさんたちの協力もあり、植物色素の研究に打ち込み成果を上げていく。人種、国籍、性別が違っても同じ実験を行えば必ず同じ結果になる科学の世界にいたこともあり、チカは強くしなやかに障害を乗り越える。その姿は、いわれのない誤解や偏見に苦しんでいるすべての読者に力を与えてくれるだろう。

 チカは玉葱の皮に含まれるケルセチンに血圧を下げる効果があることを発見。日米薬品株式会社から高血圧治療剤「ケルチンC」として販売されるが、この商業的な成功の前には地道な基礎研究があった。昨年、ノーベル化学賞を受賞した北川進博士は、基礎研究費を減らしている日本の現状を踏まえ、基礎研究への支援を訴えたが、その理由も本書を読むとよく分かる。

物が全てを教えてくれる 日本初の女性化学者・黒田チカ
『物が全てを教えてくれる 日本初の女性化学者・黒田チカ

伊多波 碧
徳間書店

評者=末國善己 

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