青山ヱリ『その名前をいつか』◆熱血新刊インタビュー◆

片思いのハッピーエンド

青山ヱリ『その名前をいつか』◆熱血新刊インタビュー◆
 インターネット発の創作コンテストを受賞し、単行本『あなたの四月を知らないから』でデビューを果たした青山ヱリ。第2作『その名前をいつか』では前作同様「片思い」を題材にした、自身初挑戦となる長編小説だ。2人の女性の、20年に及ぶ特別な関係を描き出している。
取材・文=吉田大助 撮影=杉原賢紀(小学館)

 39歳の会社員・由鶴が片思い中の相手は、女性向け風俗の男性キャスト・宇治だった──。デビュー単行本に収録された「大阪城は五センチ」は、note に投稿された小説から選ばれる「創作大賞2024」で、朝日新聞出版賞を受賞した作品だった。

「小説自体は20年以上前から書いています。川上弘美さんが大好きなので、自分の書いているものがそうであるかは分からなかったんですが、純文学系の賞の公募に出していました。note で小説を発表するようになったのは2023年の春から。note というプラットフォームならではの、創作仲間との交流がとにかく楽しかったんですよね。2024年の創作大賞の募集が始まった時は、仲間内で〝みんな何書く?〟と。私も参加したいなと思って書いたのが、これまでとはちょっと毛色が違った受賞作でした」

 同賞の「恋愛小説部門」へ応募することになった背景には、創作仲間の存在があった。ほのかに恋愛要素が入っていた過去作を読んでくれた仲間から、「長い恋愛小説を読んでみたい」というリクエストをもらったのだ。

「逆再生みたいな恋愛小説を書きたいと思ったんです。出会うところから始まって、だんだん会話を重ねて付き合うようになって、どこかの時点で体の関係になって……という恋愛の基本パターンを逆から始めたとしたら、人と人の関係はどうなっていくのかな、と。先を決めずに頭から順番に書いていったら、相手に触りたいんだけれど、目の前に相手がいるんだけれども絶対に触ってはいけないというシチュエーションが出てきて、あぁ、自分はここが描きたかったんだなと思いました。〝触れない恋〟って、私のへきなんです(笑)」

 受賞後は編集者のリクエストを受けて、主人公の片思い相手の男性視点でスピンオフを書き下ろし、1冊にまとめた。2作目はどうする? 編集者との話し合いの中で、もう一度片思いの話にするという方針を固めるとともに、長編に初挑戦することを決めた。

「編集者さんから〝長編はどうですか?〟と言われた時、パッと思い浮かんだものがありました。今回の『その名前をいつか』に出てくる2人の女性は、私の頭の中に7、8年以上前からいた人たちなんです。彼女たちのことを、長い年月をかけた物語として書くのはどうだろうと思ったんですよね。長編なんて今まで一度も書いたことがないし不安もあったんですが、挑戦をするなら、今じゃないかな、と」

 1作目を満足いくものとして世に送り出せたからこそ、踏み出せた一歩でもあった。

「人を好きになるってどういうことなのかを、徹底的に考えてみたいと思いました。小説を書くことで、その問いを主人公と一緒に考えてみたかったんです」

第3章の冒頭のシーンに、ずっと惹きつけられていました

 全3章構成からなる、20年に及ぶ女性2人の関係を描いた物語だ。

 第1章は、中学3年生の時空を切り取る。田舎の公立中学校に通う藤原六花は、1年前に転入してきた舘村曜のことを特別な存在だと感じていた。恋愛絡みのトラブルに巻き込まれクラスメイトの女子に爪弾きにされても、自分には曜がいる。付き合うことになった男の子よりも、曜のことが好きだ。何より──〈ヨウが一緒だと、なんだって楽しくなる〉。箸が転んでもおかしい年頃とは言うが、2人の掛け合いに忍び込む笑いのセンスには〝本物〟の香りがある。

「そこは私がお笑い好きだからかもしれません(笑)。実際に会話が楽しかったという感想をいただくことも多かったので、今回も要所要所で楽しい会話が書けたらなと思っていました。特に第1章では、六花と曜が笑い合っている姿をたくさん書いておきたかった」

 一学期の終わりに曜が転校してしまうことを本人から知らされ、六花は揺さぶられる。その運命を子供達が変えることなどできない。しかも、離れ離れになってもずっと続くと思っていた曜との関係は、あっけなく途切れてしまい……。第2章はOEMメーカーのデザイナーとして働き、都内で一人暮らしする30歳になった六花の日常風景で幕を開ける。そして、曜との意外な再会が描かれる。

「すごくキラキラな存在だった友達が、〝あれっ?〟という人になっている、そういう再会だといいなと思いました。でも、交流したり気持ちを言い合ったりする中で、出会った時に目立っていた表面的な部分ではなくて、内面的な人間性に惚れ直すんです。六花がはっきりと〝自分は曜が好きなんだ〟と自覚する姿を、第2章では描きたかった」

 中学生の頃にはなかった、「仕事」という要素が2人の関係に影響を与える点もリアルだ。

「恋愛と仕事って、影響し合う部分がありますよね。職場での経験って、人を見る目が培われるという意味で恋愛観にも影響してくる。恋愛に気を取られて仕事で失敗してしまった、という経験もよくあるんじゃないかなと思うんです。六花が仕事でやらかした時の〝やばい……〟という感覚は、自分にも経験があります(笑)」

 第3章ではさらに時間軸がジャンプし、35歳となった六花と曜の共同生活が描かれる。そこにはもう一人、おんという小さな女の子がいた。実は、この冒頭の場面こそが全ての出発点だった。

「女性2人が小さい子供を育てていて、3人で一緒にご飯を食べている。なんてことない日常の一幕なんですが、7、8年前にふっとこのシーンを思い付いてから、ずっと惹きつけられていました。2人はどうして一緒に暮らすことになったんだろう、そもそも2人の出会いってどんなふうだったんだろう。そうやって想像を膨らませていけば、長編になるかもしれないと思ったんです」

小説を書く時は、小説の従事者になる感覚なんです

 おそらく、あらすじや基本設定を耳にして多くの人が想像する展開があるだろう。しかし、本作はそれらと重なる部分はありながらも、ズレていく。

「女性2人の〝友達以上〟の関係 は、親友か百合のどちらかで認識されがちだと感じていました。でも、六花は男の子と付き合ったこともあって、確かに性別としては女性で相手も女性だけれど、六花は曜が女性だから好きになったわけじゃないんですよね。曜だから好きになったんです。〝親友〟にも〝百合〟にも着地できない感情であったり2人の関係性を、第3章でどこまで掘り下げられるのかが、この小説にとって一番大事なポイントだと思っていました」

 六花の内側に〝触れない恋〟の感触が幾度となく顔を出していった先で、作家にとって本作を書き進める大きな推進力となっていた「問い」へのアンサーが現れる。人を好きになるってどういうことなのか? それは──。

「そこまでに書いてきた物語と、六花や曜について考え続けてきたことを全部使って、2人の〝好き〟という感情の底のほうにあるものは何なんだろうと探っていきました」

〝好き〟の中身が同じであればハッピーエンドで、違えばバッドエンド。そんな簡単な結末に、本作が辿り着くはずもない。

「例えば、片思いって苦しいよねで終わっちゃったら、ずっこけちゃうじゃないですか(笑)。そんなこと、みんな知っていますよね。だから、最後に何かしらの光が書けたらいいなということは目標にしていました。〝片思いのハッピーエンドってどうやったら成り立つんだろう?〟と、ずっと悩んでいたんです。ただ、もしも書きながらやっぱりそういう方向には進まないなと思った時は、ビターなラストを書くしかないなと思っていました。小説を書く時は、小説の従事者になる感覚なんです。登場人物であったりお話の舞台を、想像したり勉強したりして最初にしっかり作り上げたら、後はその世界の中で自分が感じ取れる彼なり彼女たちなりの本質を、いかに誠実に適切に描くか。私が書いているものなんですけれども、小説自体は自分でコントロールできるものではないと感じるんです」

 充実した思いで2作目を書き終えた今、感じていることとは?

「私って恋愛小説を書くのが結構好きなんだな、と思いました(笑)。誰かを好きって感情はすごく人間的だなと思うし、その人の本質について深掘りがしやすいんです。次は、両思いの話を書きたいですね。悲しい恋ではなくて、40歳以降の成熟した大人のピュアな両思いが書いてみたいです」


その名前をいつか

朝日新聞出版

中学生の藤原六花にとって、舘村曜は出会った瞬間から特別な存在だった。六花は、はっきりと自覚できないまま、友達と呼ぶにはあまりに強く、密やかな感情を曜に抱く。しかし、曜の転校が決まったことを境に、二人の関係だけでなく、六花を取り巻く人間関係も揺らぎ始め──。やがて音信不通となっていた曜との再会から再び動き出す二人の関係。二十年の月日と、大切に思う人との関わり方を巡る、渾身の長編小説。


青山ヱリ(あおやま・えり)
1985年生まれ。大阪府出身。創作大賞2024(note主催)にて朝日新聞出版賞を受賞。著書『あなたの四月を知らないから』で単行本デビュー。


萩原ゆか「よう、サボロー」第162回
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