ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第166回

「ハクマン」第166回
原作担当の話が来た

特に代わり映えのない毎日を過ごしている。

最近何かトピックがあるかと聞かれたら、部屋にコバエが湧いたので手製のコバエトラップを仕掛けたら割と取れて嬉しい、という話をしだす程度には特筆することがない。

だが、今朝起きたら、トラップ自体が腐ってコバエのキャンプ地になっていたので、やはり人生のスパイスは、与えられるのを待つのではなく自分で作り出すものなのだ。

漫画に関しては、新連載を始めたり、まだ何の形にもなってないが、原作担当の新連載の打ち合わせをしたりしている。

意外にも、原作担当の話が来たのは初めてだ。

どう見ても絵に魅力がないのだから作画は別の人で、という話がもっと早く来ても良かったと思うのだが、だからといってストーリーに魅力があるかというとそうでもないので、必然的に来なかったのだろう。

しかし、正直上手くいくのか心配である。

確かに、若いころはタチとネコ両方やっていたが、年をとると楽なネコの方になりたがるのと同じ、かどうかはわからないが、体力的には作画の方がキツいので、漫画家も老になると原作に回りたがる、という話は聞く。

だがそもそも、私が何で社会から脱してこんなことになっているのかと言えば、他人と協調して仕事をすることができないからだ。

しかも、私は話している最中は話が通じているように見えて、あとで全く通じていなかったことが判明する、遅効性の話が通じない人なので、組んだ人は徐々に精神を蝕まれると思う。

だが、漫画家の話が通じない率はそう低くなく、原作も作画も両方話が通じない、純度100パー意思疎通不可能タッグが生み出されることも珍しくなさそうなので、原作と作画は直接やりとりせず、間に編集が入るパターンの方が多いのだろう。

しかし、スワヒリ語とタガログ語の間に日本語の奴が入って上手くいくのかというと、そうでもないし、関わる人間が多いほど事故が起こりやすくなるのはどこも一緒である。

単純に2人でやっている時点でビョウによる休載率は2倍だし、そこに編集者が挟まることで良くなればいいが、悪化することもある。

実際、単著より原作と作画が分かれている作品の方が「編集部に対する不信感」というオブラートに包みすぎて逆に窒息する理由で連載が終了する率が高いような気がする。

しかし常に編集者が作品を破壊しているわけではない。むしろ百合に挟まる男が射殺されやすいように、この状況で一番病みやすいのは編集者だろう。

原作か作画が倒れて連載が止まるのはニュースになるが、編集者が倒れても連載は止まらないため、世間に知られてないだけで、実際は編集が倒れるケースが一番多いような気もする。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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