松尾清貴『偏差値70の自転車競技部(ステージ1 中学受験編/ステージ2 高校入学編)』

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気晴らしを日々の糧にして


 担当編集者からロードバイクを借りたのは、4、5年前のことです。今作の執筆に先立って体験させてもらうためでしたが、慣れてしまうとこんなに便利な乗り物はありません。いまでは、移動にもっぱらロードバイクを活用しています。時間のあるときはウーバーイーツの配達を行い、気付くと60kmほど走っていたりもします。パソコンを前に書きあぐねてうんうんと頭を悩ませる生活のなか、ロードバイクに乗るのは運動にもなり、よい気晴らしでもあります。

 気晴らしと言えば。

 中学受験に臨む小学生たちと会うと、すこぶるのんきな子供時代を過ごした私などには、息つく暇もないほど密なスケジュールを送っているように感じます。ずいぶん前の話になりますが、当時私がアルバイトをしていたレストランに、ご家族でお見えになる常連さんがいらっしゃいました。平日夜は先にご夫婦でいらして、1、2時間後にお子さんが合流される場合がよくありました。お子さんは学習塾が終わったその足でやってくるのですが、時刻が8時、9時になることもざらでした。なんでも好きなものを頼むようにご両親に勧められ、楽しそうに夕食をとりながらひっきりなしにしゃべっていました。ご家族お気に入りのカウンター席がちょうど私が作業する正面だったので、会話をする機会も多かったのです。

 あるとき、お子さんが源氏物語かなにか古典の話をしていたのを覚えています。現代語訳で初めて触れたようで、それまで知らなかったはるか昔の物語を読んで驚き、感動し、どれだけ面白いものかお父さんに語って聞かせていました。

 そう熱意を込めて語るのですが、少し酔いも回ったお父さんは話をまぜっ返してしまいます。仕方ありません、源氏物語なんてたいていの人は読んでいません。そこで熱意を共有できないお父さんは、ついつい茶々を入れてしまうようでした。それでもお子さんのほうは、話を中断されても構わず、とても楽しそうにしゃべっていました。忙しい一日の合間に読んだ源氏物語がよい気晴らしになったのでしょう。そしてなによりもちろん、ご両親とおしゃべりをすることが。きっとおうちに帰って、あるいは後日にでも、お父さんも真剣にそのお話を聞いたことでしょう。

  


松尾清貴(まつお・きよたか)
1976年、福岡県生まれ。95年、北九州工業高等専門学校中退の後、97年までNY在住。2004年小説家デビュー。2012年小学館文庫から刊行した『偏差値70の野球部』は、4巻累計で65万8000部を発行した。他の著書に『ちえもん』『エルメスの手』『真田十勇士①~⑦』『南総里見八犬伝①~⑤』などがある。

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