著者の窓 第56回 ◈ 芦沢 央『ハザードランプ』

噛めば噛むほど味が出る短編集
──『ハザードランプ』は芦沢さんデビュー15年記念を飾る短編集。人生のさまざまな瞬間を切り取った6編を収めていますが、全体のテーマやコンセプトはありましたか。
この本ではこれまでと短編の書き方を大きく変えてみました。デビュー以来、どんでん返しやラストで明かされる意外な動機など、ミステリ的な手法を中心に作品を組み立ててきたんですが、今回はそこに重点を置かないようにしました。ミステリにするかどうかは作品の要請に従おうと。そこがこれまでとの大きな違いですね。
──芦沢さんといえばデビュー作の『罪の余白』以来、ミステリ作家と呼ばれてきましたが、今回ジャンルの枠から解放されたということでしょうか。
わたしは自分の文体にコンプレックスがあったんです。読みやすさはあるかもしれないけど、無個性で、そんなに魅力がないんじゃないかと感じてきた。でもさまざまな傾向の作品に挑戦するうちに、案外そうでもないかもしれないと思えるようになりました。エンタメ小説としては過不足がないというか、ミステリ的な狙いを成立させる上で合っている文体だし、どうやらわたしの文章は意識していないところで怖さや不穏さが滲んでいるようなんですね。感動的なシーンを書いていても、怖いと言われる(笑)。そうした特徴を客観的に受け止められるようになって、この文体を活かせばどちらに転がるか先がわからない物語が書けるんじゃないかと。
──文体への信頼が作風を大きく広げてくれた。
というとすごく立派な感じに聞こえますが(笑)。これからもミステリ的な手法は大切にしていこうと思いますけど、今回はケースバイケースで、作品本位で書き分けています。たとえば「車止め」は動機をメインに組み立てたので比較的ミステリ色が強いですが、「父の輪郭」だと意外な動機をどんと押し出すのではなく、それを背景として扱った方が、より面白い風景を見せられるなと判断しました。そういう幅広さを楽しんでもらえると思います。

──考え方が変わるきっかけはあったのでしょうか。
数年前、エンタメの仕事を一旦止めて、純文学の雑誌で修行をさせてもらっていた時期があったんです。直木賞の候補になった際の選評で、作為が強すぎるというようなことを書かれたことがあって、ミステリって本来そういうものなので小説観の違いに驚いたんですが、それをきっかけにいろんな小説の書き方を勉強したいという思いが強くなったので、純文学の編集部に持ち込みをして、原稿を見てもらったんです。編集さんに指摘される部分がエンタメとはまるで違って、目からうろこの体験でした。エンタメだととにかくテンポよく物語を進めることを求められがちなんですが、純文学だと立ち止まって、そこにあるものを掘り下げてくださいと言われる。筋を作らないでとも言われたので、短歌の勉強をして、シーンごとに短歌を作ったりもしました。結局、自分はやっぱりエンタメに適性があるということが分かったんですが、小説の書き方にもいろんなアプローチがあることが分かって面白かったですし、その時に学んだことをエンタメでも応用してみたくなったんです。その時期に書いたのが5話目に入っている「知らない目」。その後、小学館の文芸誌「GOAT」から依頼をいただいて、何を書いてもいいというありがたいお話だったので、「知らない目」と同傾向の短編を書かせてもらいました。
──なるほど、芦沢さんは『おまえレベルの話はしてない』で純文学に接近されていましたが、その作業を経て『ハザードランプ』も生まれたんですね。
何をどう書くか、どこからは読者を信頼して書かないかはすごく悩みました。これまで書いてきたミステリだと、何が起こってどうなったかを全部説明していた。重要な部分に傍点を振って、ここがポイントですよと読者に示すやり方は、ミステリならではの美学だと思いますし、わたしも大好きなんですが、今回この短編集を書いてみて、わたしは全部を説明しないことによって物語の余韻や奥行きを味わう作品も好きなんだなと改めて感じました。わたしが書いているのはあくまでエンタメなので、分かりやすさとのバランスが難しいんですが、今回は削れるぎりぎりまで説明を削った。噛めば噛むほど味が出る、そんな短編集になっているといいなと思っています。
身近な日常に潜むひび割れを書きたかった
──6編の収録作についてうかがいます。表題作「ハザードランプ」は、事件を起こした義理の息子・健太と、彼を警察署まで迎えに行く母・麻千子の物語。車の中で交わされる二人の会話から、家庭内のずれが露わになっていきます。
これは「GOAT」の食特集に書いた作品で、〝味の記憶〟が発想の出発点でした。よくグルメ漫画で、思い出の味を再現するという展開がありますが、わたしはあれが全然できなくて(笑)。味を覚えるのが得意じゃないんですよ。それで母親を亡くした健太が、「ママのたまごやきがたべたい」と父親にねだり、父親が苦戦するというシチュエーションを思いつきました。
──「ハザードランプ」を筆頭に、家族が分かり合うことの難しさを描いている作品が多いように思いますが。
「車止め」は大学生同士の話ですし、家族というよりは、身近な日常に潜むひび割れを書きたかったんだと思います。一見何気ない風景でも、その底にはさまざまな感情が渦を巻いているというか。
──そうした不穏さを際立たせているのが、作品を象徴するモチーフです。「ハザードランプ」だと運転中の麻千子が、ハザードランプを焚いた事故車らしきものを目撃する。「車止め」では大学生ふたりが並んで腰を下ろす車止めが、事件を象徴しています。
そこはほとんど意識せずに書いているんですよね。これをモチーフにしようと狙ったわけではなく、書いているうちに自然と浮かんでくることが多いですね。ハザードランプにしても何気ない描写として入れた後で、岐路に立たされた麻千子の物語にふさわしい言葉だと気がつきました。

──「念のため」は同窓会のために帰省した主人公・浩介が、父親のささやかな秘密に触れるという物語です。
「念のため」は優しさと侮りについて書きたかったんです。浩介は父親がしていることを母への優しさだと解釈していますが、妻を侮っている、下に見ていると受け取る人もいると思います。しかもそこに浩介夫婦の事情が重なってくることで、いっそう分からなくなる。同窓会の席上で浩介は、妻を見下していると指摘されますが、彼女が夫に対してしている「確認」という行為もある意味優しさであり、侮りかもしれない。答えがはっきりと出るような書き方をしていないので、読んだ人それぞれが受け止めてくれたらと思います。以前書いた『夜の道標』という長編では、犯人に動機を語らせなかったんですが、だからこそずっと作品について考え続けたという読者の方もいました。読者を信じて託しているのは、この短編集も同じです。
──「車止め」では映画サークルに属する大学生・倫也が、友人の深田から弁当配達のアルバイトを紹介されます。いいバイトに巡り会えて喜んでいた倫也でしたが、その先には落とし穴が……。
これは動機をまず思いついて、その動機に説得力を持たせるために事件を組み立てていきました。割と今までのようなロジカルな作りなんですが、書いていくうちに想像以上に倫也と深田の関係性も浮かび上がってきましたね。それと意識したのは、正しさの概念を揺るがせたいということ。映画を倍速視聴する深田を、映研の先輩は批判しますが、その先輩だって倫也をいやなあだ名で呼んだり、誰かが盗んできた椅子に腰掛けていたりする。正しさの基準は意外にあやふやなものだということを、冒頭から示しておきたかったんです。
動機から浮かび上がってくる家族の姿を前面に
──「父の輪郭」の主人公・直美は、母の死後、実家の片付けをすることに。なるべく物を持たない主義の父と、物を増やしがちな母。夫婦の奇妙な関係が浮かび上がってきます。
わたし自身、親が高齢なので、実家の片付けはリアルな問題として迫っています。この作品はミニマリストと呼ばれる人たちの記事を読んで、そこで語られている哲学に興味を持ったのがきっかけでした。そこからある奇妙な動機が生まれて、夫婦の物語に繋がっていった。でもこれは、その動機をメインにミステリを書いても、そんなに面白いものにはならないと思ったんですね。それよりも動機から浮かび上がってくる家族の姿を、前面に押し出した方がいいのではないかと。他の収録作では夫婦のシビアな面を書いていますが、多少合わない部分があっても、添い遂げる夫婦もいる。「父の輪郭」では家族のプラスの面を書くことができました。
──「知らない目」は怖い小説ですね。フリーランスの WEB マーケターとして働く周平が、仕事や妻との関係に悩み、追い詰められていきます。
怖いと言っていただくことが多いんですが、これも色んな受け止め方ができると思います。ラストで周平が見る光景は本当かもしれないし、彼が罪悪感から見た幻覚かもしれない。わたしとしてはどう解釈してもらってもよくて、その解釈の余地にこそ怖さがあるんじゃないかと思っています。
──巻末を飾る「お守り」は出産を控えた葵が、小学5年の頃に出会った年上の友人・ゆづきとの交流を回想するという物語。偶然の出会いがもたらす救いを描いていて、感動的でした。
あれは後半で書かれている、ある行為がアイデアの核なんです。一般によくないとされる行為でも、見方を変えるとまた違った意味を持つのではないかと。もうひとつ書きたかったのは、葵とゆづきのやり取りですね。ゆづきとの出会いが葵を成長させた、と読むことはもちろんできますが、ゆづきが葵によって救われる話でもあります。ゆづきの抱えていた事情については、伏線をあえて回収せず、葵の夫が「なんでそんなことをしたんだろう」と指摘するのに留めています。
登場人物の選択を見届ける読み方だといっそう楽しい
──時に優しく、時に恐ろしい全6編。読みながら「自分ならどんな選択をするだろう」と考えてしまいました。
この短編集に登場する人たちは、みんな岐路に立たされています。越えてはならない一線を越える人もいれば、そのぎりぎりで踏みとどまる人もいる。その差は紙一重なのかもしれません。

──来年にはデビュー15周年という節目を迎えられますが、これまでの歩みをふり返ってみていかがですか。
その時々で好きなことをやらせてもらったなと感謝しています。わたしはシリーズものも持っていないし、ジャンルも作風も作品ごとに異なります。それでも読者の皆さんがついてきてくださったのは、本当にありがたいことだと思っているんですね。おかげで作家として色んな筋肉が鍛えられて、数年前には書けなかったものが、今では「あ、書けるかも」という感じになってきました。
──では『ハザードランプ』を手にする読者に一言お願いします。
不穏で、どこに転がっていくのか分からない短編。それが今回やりたかったことです。ミステリ的などんでん返しがあるかもしれないし、ないかもしれない。誰が岐路に立たされているかも、最後まで読んでみなければ分からない。そういう小説が6編並んでいます。できたら二度読んでもらえたら嬉しいです。一度目は手探りの状態で、二度目はここに岐路があったんだと分かったうえで、登場人物の選択を見届けるという読み方をしていただくと、いっそう楽しめるんじゃないかと思います。
芦沢 央(あしざわ・よう)
1984年、東京都生まれ。2012年『罪の余白』で野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。18年『火のないところに煙は』で静岡書店大賞(小説部門)、23年『夜の道標』で日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞。山本周五郎賞、本屋大賞、直木賞など数々の文学賞にもノミネートが続いている。他の著書に『悪いものが、来ませんように』『嘘と隣人』『あなたが正しくいられたとき』など多数。






