ミステリの住人 最終回『短編ミステリ × 芦沢 央』

ミステリの住人 最終回『短編ミステリ × 芦沢 央』

若林 踏(ミステリ書評家)

 これまで「ミステリの住人」ではミステリが内包する様々なサブジャンルをテーマに選びながら、9人の作家へのインタビューと論考を行ってきた。だが今回は最終回ということで少し趣向を変え、短編という形式をテーマに据えてみたい。
 今回インタビューで話を伺った芦沢央については、拙著『日本ミステリ新世紀MAP 現代ミステリ25年の歩みと31人の作家たち』(実業之日本社)に収められた小論でもミステリ作家の全体像を詳しく述べている。だが、芦沢の書く短編についてもう少し深掘りしてみたいという気持ちが残っており、連載の掉尾を飾るゲストとしてお迎えした。ちょうど2026年5月に刊行された『あなたが正しくいられたとき』(文藝春秋)がこれまで単行本に収録されていなかった短編を集成したものであり、短編の書き手としての芦沢のキャリアを辿る上で恰好の1冊となっていた。本稿では同書に収められた作品についても触れながら、芦沢の短編について論じていく。

ジャンルと非ジャンルの境界を見つめて

 芦沢が短編ミステリの書き手として注目を集めたのは2016年刊行の『許されようとは思いません』だが、芦沢自身は同書に収められた作品について「ミステリを書いていると思っていいのだろうか、という不安があった」と振り返る。デビュー作である『罪の余白』(2012年、角川書店)は不穏な人間模様を軸にしたスリラーに属する作品で、様式美に囚われない書き方をしていたためにジャンル作家であるという意識はそれほど強くなかったのだろう。しかし『許されようとは~』に収められた短編を読んでいくと、「なぜ?」という問いをひも解くミステリとしか云い様のない物語になっていることが分かる。「なぜ?」、つまりジャンルの専門用語でいうところのホワイダニットと呼ばれる類の作品が『許されようとは~』に収められていた。芦沢は『いつかの人質』(2015年、KADOKAWA)などの長編作品でも人間の極端な心の有り様がミステリ部分のアイディアとして盛り込まれていたが、それを短編の形で切り出してみせたのが『許されようとは~』の収録作なのだと捉えることが出来る。「絵の中の男」(「小説新潮」2015年6月号掲載)において描かれるねじ切った心理はまさにホワイダニットの興趣を核にした短編のお手本だ。

『許されようとは~』で得た評価から「自分が書いているものがミステリであるとはっきり言って良いのだ」と自信を深めた芦沢だが、短編ミステリ作家としての存在を更に強めるきっかけとなったのが『汚れた手をそこで拭かない』(2020年、文藝春秋)である。誤ってプールの水を流失してしまった小学校教師の様子を描く「埋め合わせ」など、芦沢が日常の陥穽を書くことへ関心を寄せていることがよくわかる。「埋め合わせ」は「オール讀物」2018年7月号に掲載された短編だが、同時期に「小説幻冬」2018年7月号へ『あなたが正しくいられたとき』の表題作(雑誌掲載時のタイトルは「ヒーロー」)を寄せている。同作も高校の同窓会として開かれたバーベキュー会での出来事を発端にしながら、最後には歪んだ心理が浮かび上がり戦慄させる作品だ。一見すると犯罪小説的な興趣を持たない物語の水面下に隠れた歪みがとつぜん表れ、読者を揺さぶるのである。芦沢は自身の短編の書き方について「読者がこういう心理の流れになるだろう、という感情曲線が全て見えてから書く」と話していた。これをもう少し突き詰めると、極端な感情の振れ幅を生み出す流れが設計されていればミステリ短編として成立するとも言える。

『許されようとは思いません』
『罪の余白』

『許されようとは思いません』と『汚れた手をそこで拭かない』で自身のミステリ短編のスタイルを確立したように見えた芦沢の進化は加速していく。2021年刊行の『神の悪手』(新潮社)は将棋を題材にした短編を集めたものだ。駒師が遭遇した謎を描く「恩返し」(『小説新潮』2021年3月号掲載)など、芦沢が得意とする極端な心の有り様で驚かせるミステリ短編が収められている。だが芦沢自身の言葉によれば同書の短編は、『許されようとは~』や『汚れた手は~』とは少し異なるアプローチで書かれたようだ。『神の悪手』では奨励会(日本将棋連盟のプロ棋士養成機関)に興味を抱いたことを切っ掛けに将棋の世界に嵌まり、そこで感じ取ったことや思いついたアイディアを短編の形にしたという。極端な感情の振れ幅を生み出すミステリの技巧ありきで書くのではなく、題材を起点に物語を膨らませることで、ミステリ短編としての切れ味がより研磨された。芦沢本人は短編小説について「もともと無駄の無い造形美を描きたいという意識の方が強かったが、『神の悪手』に収められた短編では造形美からはみ出て、書きたいものが滲み出てきた」ということを述べていたが、まさに言い得て妙だろう。ちなみに『あなたが正しくいられたとき』に収録されている「投了図」(「オール讀物」2021年2月号掲載)は将棋短編を書いて欲しいという依頼を受けて書いたものだそうだが、物語の力点は別のところにある。同じ将棋を題材としながらも『神の悪手』とは雰囲気が少し異なるので読み比べてみるのも一興だろう。

『汚れた手をそこで拭かない』

 ミステリ以外のジャンルが統一したテーマになっている短編集としては『魂婚心中』(2024年、早川書房)がある。SF的発想を起点とした短編と呼べるものが集まったものだが、芦沢としてはSFジャンルを書こうというより「現実世界が舞台のミステリ小説として描こうとすると、リアリティラインの問題に縛られて上手く書けないアイディアを書きたい」という意識の方が強かったようだ。確かにSEO対策と死後の世界を結びつけた「閻魔帳SEO」(『SFマガジン』2024年6月号掲載)などを読むと、それまで芦沢が書いてきた短編とはひと味違う想像の飛躍がもたらす驚きが込められている。

『魂婚心中』

 題材やジャンルではなく固定化したキャラクターから物語を作り上げることに挑んだのが『嘘と隣人』(2025年、文藝春秋)だ。日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門を受賞した『夜の道標』(2022年、中央公論新社)にも登場する平良正太郎を主人公にした、芦沢にとって初のシリーズキャラクターによる連作集である。収録作のうち最初に書かれたのは「アイランドキッチン」(『オール讀物』2021年7月号掲載)だが、この段階では連作化する構想は全く持っておらず、平良は現役を退いた退職刑事として登場する。「刑事を退職した主人公を如何に事件へ関与させるのか、という点に腐心した」と芦沢自身は述べているが、結果としてそれが特異な立ち位置のキャラクターが主役を務めるミステリ連作集の成立へと繋がった。平良は事件の中核ではなく周縁に留まらざるを得ないのだが、それ故に思いもよらぬ真実が見えてしまう時がある。発端に謎があり、探偵役が論理的に謎を解くという様式に則ったレギュラー探偵ものの連作とは違い、事件の外側で展開するドラマに着目させる点に肝がある作品だと言えるだろう。収録作の中では「祭り」(『オール讀物』2024年7・8月号)が象徴的な1編である。同編では謎解きの物語からはみ出てきたものを平良が受け止めた時に、読者の心を鋭く抉り取るものが出てくる。こうした短編の有り様は、単に謎解きの役目を追うキャラクターではない、レギュラー登場人物としての平良の特異性があるからこそ書き得たものだ。

『嘘と隣人』
『夜の道標』

『あなたが正しくいられたとき』には光文社のミステリアンソロジーである『Jミステリー2022 SPRING』(2022年4月刊)に収録された「立体パズル」という短編が入っている。時期としては平良の初登場作である「アイランドキッチン」から『夜の道標』が刊行される間に当たるもので、平良こそ登場しないものの雰囲気がよく似た作品になっていると思う。

『あなたが正しくいられたとき』

『嘘と隣人』で事件の外側に浮かび上がるものを芦沢は“余白”と呼ぶ。その余白にとにかく拘った。これもミステリの技巧を中核に据えることで生まれる機能美、芦沢自身の言葉を借りれば「無駄の無い造形美」とは別のところに生じるものへの拘りというべきだろう。芦沢は小学館の文芸誌「GOAT」に短編を続けて掲載しているが、そこには「分かりやすいどんでん返しや論理のアクロバットに頼らないものを書く」という自分なりの宿題を課していると芦沢は述べた。面白いのは同誌第3号(2025年12月刊)に掲載された「父の輪郭」という作品だ。同作を読むと芦沢がホワイダニットを核とするミステリに通ずる味わいが一部には組み込まれているものの、あくまで物語を動かす歯車に過ぎず、日常における些細な描写から心理の流れを汲み取る部分に焦点を当てている。

 人間の感情の起伏を「無駄の無い造形美」で表し、芦沢はミステリ短編の書き手として広く認知された。だが芦沢自身は造形美から次第に離れ、ジャンルの様式や技巧とは違う起点から着想を広げ、更に尖ったミステリ短編を書くまでに至る。そしてジャンル小説で培ったものを感じさせつつも、作者自身はジャンルに依拠しない短編を生み出すことにも挑んでいる。今回のインタビューにおける芦沢自身の発言を参照しつつ、芦沢短編の流れをざっとまとめてみた。サプライズやサスペンスを生むアイディアや、トリックや謎解きにまつわる発想ありきではなく、ジャンルの外側にある題材やテーマを出発点に思考を突き詰めれば、読者の心を揺り動かすミステリ短編は書けることを芦沢は証明している。同時に芦沢のインタビューを通して「ジャンルの境界とは何か?」という問いが終始、筆者の頭の中に浮かんでいた。ジャンルと非ジャンルの境界とは、そのジャンルに依拠する技巧や趣向が作品の柱になっているか否かを書き手が意識する、あるいは読み手が認識することによって初めて現れるものではないだろうか。そんなことを思いながら、ミステリの住人を訪ねて回る旅を一旦終えたい。

※本シリーズは、小学館の文芸ポッドキャスト「本の窓」と連動して展開します。音声版はコチラから。


若林 踏(わかばやし・ふみ)
1986年生まれ。書評家。ミステリ小説のレビューを中心に活動。「みんなのつぶやき文学賞」発起人代表。2000年から2025年までのミステリの潮流を社会の変遷とともにナビゲートした『日本ミステリ新世紀MAP 現代ミステリ25年の歩みと31人の作家たち』が好評発売中。

採れたて本!【海外ミステリ#42】
TOPへ戻る