伏尾美紀『凍りつく夏』

北の大地に死体を転がす
ミステリーを書くなら、冒頭に一つ死体を転がしておけばよい。
これは、ミステリー小説の書き方として、かなり有名なアドバイスであろう。実際、たった一つの死体から、物語はいかなる方向へも動かすことができる。
しかし、ひとたび現実世界に目を向けてみると、昨今、警察の捜査技術の発展は目覚ましい。中でも防犯カメラリレー捜査は、我々警察小説の書き手にとっては厄介な存在になりつつある。防犯カメラリレーとは、犯罪現場近くの防犯カメラ映像をリレー形式で繋いでいき、犯人の足取りを追跡していく手法のことだ。この技術が確立されてからというもの、事件発生から解決までのスピードは格段に跳ね上がった。
もちろん、治安が良いのは大変喜ばしいことである。
だが警察小説は、死体を転がした次のページで犯人が捕まってしまっては困るのだ。
ならば防犯カメラ自体を無効化する策はないかと、あれこれ試行錯誤してみたところ、いささか身も蓋もない結論に行きついた。初めから、防犯カメラのない場所を殺人現場に設定すればよいのである。
幸い、小学館の担当者さんからも、北海道の地方都市を舞台にした道警もので、というリクストをいただいていたので、これはしめしめ、だった。
なにしろ、北海道は札幌一極集中といっても過言ではないほど、地方都市の衰退ぶりが著しく、防犯カメラはおろか、人もほとんど暮らしておらず、周囲には見渡す限りの大自然が広がっている、と、死体を転がす場所には事欠かないからだ。もはや転がし放題である。
舞台は整った。が、これだけでは小説にならない。
警察小説は警察側の活躍を描くことも魅力の一つだが、彼らの奮闘ぶりに見合うだけの事件と、犯人を用意しなければならない。読み終わって、読者ががっかりするような結末だけは避けねばならないのだ。
その点で本作は合格点ではないかと自負するところである。
事件の衝撃性もさることながら、徐々に浮かび上がる犯人像に戦慄しつつ読み進めていただければありがたい。
伏尾美紀(ふしお・みき)
1967年北海道生まれ。北海道在住。2021年『北緯43度のコールドケース』で第67回江戸川乱歩賞を受賞し、デビュー。25年刊行の『百年の時効』で第28回大藪春彦賞、第47回吉川英治文学新人賞、第79回日本推理作家協会賞〈長編および連作短編集部門〉を受賞し、三冠を達成。その他の著書に『数学の女王』『最悪の相棒」『誰何』がある。



