採れたて本!【デビュー#46】

プロの漫画家が小説家デビューを飾る例はそう珍しくない。古くは、すがやみつる、きうちかずひろ、西森博之……。最近だと、2025年の第23回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した『謎の香りはパン屋から』の土屋うさぎも漫画家出身だ。
しかし、漫画家なのに文芸誌(純文学雑誌)の新人賞に応募して、それをきっかけに初の小説単行本を出した漫画家というのは前代未聞ではないか。
著者の鳥トマトは、コロナ禍にSNSに投稿した漫画がバズって商業デビューを果たした、知る人ぞ知る人気漫画家。
一橋大学法学部を卒業して講談社に入社し、国際ライツ事業部でライセンス営業職に従事──という華麗な経歴の裏側の(大学受験や大手出版社勤務にまつわる)ドロドロを、独特すぎるポップな(?)絵柄で生々しく描いた漫画(『二月に殺して桜に埋める』や『東京最低最悪最高!』)で熱い支持を集め、原作も含めれば、すでに14冊の著書がある。
『漫画でイけ』は、その鳥トマトの小説家デビュー単行本。併録されている「僕の血」は2025年の第130回文學界新人賞応募作。応募総数2404編の中から最終候補5編に残り、選考委員の阿部和重に絶賛されたもののあえなく落選。しかしその後、〈文學界〉2026年3月号に、本書の表題作となった中編「漫画でイけ」を寄稿。作中作として38ページに及ぶ漫画が挿入されていて、文芸誌ウォッチャーの間で「本邦初の試み」(栗原裕一郎)などと話題になった。
2作とも、主人公は売れない漫画家。2人の主人公は筆名も立場も違うが、ともに著者自身の経歴と重なる部分(私小説的要素)があり、どちらも漫画家と編集者の関係をテーマにしている。
「僕の血」の語り手の〝僕〟こと鳩山は、大手出版社のライセンス営業部で業務委託社員として働きながら「鳩太郎」というペンネームで漫画を描いている女性。会社では、アニメ化もされた大ヒット漫画『エルフちゃん無双』を担当し、人気スマホゲームにキャラを貸し出すコラボ企画で、こだわりの強い原作者、エルフ先生に手を焼いている(漫画の『東京最低最悪最高!』にも似たようなライツ関係の話が出てくる)。他方、兼業漫画家としては、超美人の担当編集者・半本と意気投合。彼女の恋愛話をもとに短編漫画のネームを一気呵成に仕上げてゴーサインをもらうが……。
超強烈な個性を保つ二人、エルフ先生と半本(実は元夫婦)に、本業と副業の双方で別々に振り回されるという構図。お仕事コメディとして大いに笑える一方、リアルすぎるディテールと赤裸々な心情吐露がダイレクトに胸に刺さる。
表題作「漫画でイけ」の主人公は、駆け出し〝サブカル漫画家〟のツグミ。去年出した短編集が『この漫画がスゴい!』オンナ編で49位に入ったものの全然売れてない──というあたりの設定が絶妙。小説は、ツグミがディスコードで作業通話しながら先輩漫画家のリモートアシスタントをしている場面から始まる。その先輩に紹介されたのが、売れる漫画を描くロジックについてとうとうと持論を語るベテラン編集者・野分。
ツグミは iPad のメモ帳にセリフを書いて、クリスタ(クリップスタジオペイントというお絵描きアプリ)で切ったネームを LINE で野分に送るのだが、対面の打ち合わせでぼろかすに言われる。
「……漫画っていうのはごく一部の大ヒットコミックが億単位で金を稼いでくれるおかげで、サブカル漫画の原稿料が出て成立してるわけよ。いつまでも人の売上におんぶに抱っこで依存して生きていくのってダサいと思わない? 俺も全くツグミさんに見所ないと思ったらこんなこと言わないよ? 俺、期待しすぎてるかな?」
「だからまあ、サブカルの人だから、印税もお小遣いレベルにはあるとは思うけど、そんなんで喜んでちゃダメだよ。そんな低いレベルの話は、少なくとも、俺の前ではしないで欲しいかな」
野分によれば、〈漫画のヒットはまず百万部から〉。『この漫画がスゴい!』オンナ編49位の短編集については、〈ツグミの品評会用のサンプルみたいな作品〉と切り捨てる。
「サブカル漫画がダメだって言ってるんじゃないよ」(中略)「……正直絵もあんまり上手くないし、キャラの顔の描き分けも微妙だけど、君の人間のみじめさとか、感情を描き出す技量が卓越してることはもうあの短編集で十分に伝わってきたからね。ただ、永遠にサンプルばっかり作り続ける必要はないってこと。そうするとサブカル漫画屋さんになっちゃうからね。もう品評会はやりきったから、次は売れるもの描くだけでしょ?」
最近SNSでよく話題になるような自称スーパー漫画編集者のご高説が(ぎりぎりウソっぽくならないラインで)みごとに再現されている。ツグミがその野分さんにどんどん感化されていくあたりもたいへんリアル。
いろいろあった挙句、野分さんはツグミの担当を外れることになるのだが、ツグミはやがて、〈つまりわたしは野分さんと漫画が作りたかったのではなく、野分さんを漫画にしたかったのだ〉と気づき、彼をモデルにしたマンガ業界ものの読切を描く。それが前述した38ページの作中作(ちなみにそのラスト2ページのカラー版が、本書のカバーの表1と表4に使われている)。
小説の中身を漫画で批評しているようにも見えるが、ツグミは最後に、〈私はもう二度とないあなたの輝きを漫画の中に閉じ込めて、あなたの元気を祈り続ける〉〈私だけが覚えてるあなたのきらめきを、勝手に漫画で永遠にします〉と宣言し、タイトルどおり、漫画でイくことを実践する。
これは担当編集者との(漫画のモデルとの)おそろしく倒錯したラブストーリーであり、臆面もない漫画愛の告白でもある。〝漫画の魔〟をあますところなく描き出した見事な小説だ。
評者=大森 望






