採れたて本!【デビュー#43】

採れたて本!【デビュー#43】

 日本の歴史上、最強の鬼と言えば、たぶん酒吞童子だろう。伝説によれば、酒吞童子は、丹波の大江山に居を構え、副将の茨木童子と四天王(星熊童子、熊童子、虎熊童子、金童子)以下、多くの鬼たちを子分に従えて、京の都を襲っては貴族の姫君をさらい、人々を恐れさせた。

 事態を憂慮した帝は、みなもとのよりみつと、渡辺わたなべのつな坂田さかたのきんときうすさだみつ卜部うらべのすえたけらいこう四天王による討伐隊を組織し、大江山の鬼退治に派遣した──という物語は、江戸時代に渋川清右衛門が出版した御伽草子、「御伽文庫」の最終巻(第23巻)で有名になった。
 

 日本ファンタジーノベル大賞2026を受賞した加賀谷きよいのデビュー長編『朱天の都』は、この酒吞童子伝説を下敷きにした、雄大なロマンとアクションあふれる華麗なる平安朝ファンタジー。御伽噺を集めて売れる本を作ろうと考えた渋川清右衛門が、酒吞童子(作中では朱天童子)伝説の取材のために京を訪れるという「御伽文庫」版成立の舞台裏を外枠にして、新たな朱天童子の物語が、清右衛門と出会った謎の老翁の口から語られてゆく。
 

 物語の背景は、一条天皇の御代、藤原道長がまさに権力の頂点に昇りつめようとする時代(西暦995年ごろ)。

 物語の主人公は、尚侍ないしのかみの地位にあるれいけい殿でんの姫、〝すい〟。モデルは、藤原兼家の三女で、道長の異母妹にあたる藤原やすだろう。16歳で入内するが、兼家の没後、東宮(作中では帝)の寵愛を失って冷遇される。その後、だんじょうだいひつ(源頼定)と密通して懐妊したことが発覚し、宮中から追い出されて里に下り、つちかど西にしのとういんの屋敷で暮らしはじめる。

 ……と、ここまではおおむね史実のとおりだが、作中のすいは、生まれた子どもが死産だったとして顔も見せてもらえずにとりあげられたあと、憂さを晴らすべく夜ごと屋敷を抜け出して飲み歩く、不良の姫となっている。

「ちびちび持ってこないで甕ごと持ってらっしゃいな」と酒屋の主人に向かって言い放つ彼女のうわばみぶりと豪放磊落なキャラクターが本書の読みどころのひとつ。

 物語の冒頭では、東寺の市を訪れたすいが酒屋の主人と口論になったところで茨木童子が登場し、店主に飲み比べを挑む。そこに通りかかったのが藤原やすまさと源頼光。さらに、検非違使に追われる酒吞童子まで現れて大立ち回りが始まる──というオールスターキャストのドタバタ劇がわずか20ページ足らずでテンポよく描かれる第一部第一幕第一場を読むだけでも、作者の力量は一目瞭然。
 

 作中の京の都では、百年ほど前から頻繁に鬼が出没するようになり、最初のうちはそのたびに大騒ぎになっていたものの、やがて鬼を見かけることが珍しくなくなると、鬼は日常の一部に溶け込んでしまった──という設定。

 鬼が実在する平安京というファンタジーを史実に融合させて、藤原綏子を核にした一種の改変歴史ファンタジーとしてこの激動の時代を語り直したところが本書の最大の特徴だ。

 同時にこれは、都で頻発する公家の姫君の連続不審死事件をめぐる時代ミステリーであり、飢饉や疫病を放置して大量の死者を出しながら有効な対策を打ち出せずにいる無能な朝廷から武家への権力移行を新たな角度から描く歴史小説でもある。

 大江山に暮らす鬼たちは、超自然の存在というより、肉体的にめっぽう強くて暴れん坊であるゆえに恐れられる〝まつろわぬ者たち〟だが、選評でヤマザキマリも書くとおり、その背後にはところどころ現代日本のクマ出没騒動が透けて見えたりもする。鬼と人はどのように共存・共生できるのか?

『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』をはじめ、鬼またはそれに近い存在と人間との戦いを描く漫画やアニメーションは圧倒的なビジュアルの力で絶大な人気を誇っているが、小説でそれらに対抗するにはどうすればいいのか。その答えのひとつがここにある。
 

 著者の加賀谷きよいは、1980年生まれ。岩手県花巻市出身。東北大学卒。サカキヤヨイ名義で、『100億キロメートルの旅』『星をおとした少女』などの絵本を刊行している。

朱天の都
『朱天の都』

加賀谷きよい
新潮社

評者=大森 望 

萩原ゆか「よう、サボロー」第164回
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