辛酸なめ子「お金入門」 27.会計士の仕事を体験できるワークショップで自分の無力さを実感

お金のプロである、会計士や税理士の方々には常日頃リスペクトの思いを抱いています。私的に苦手なのはお金の計算。高校の家庭科の簿記ができなすぎて、進級の危機だったこともありました。もっとお金への意識を高めなければと思っているのですが、そんなある日、インスタで流れてきたある広告に興味をひかれました。「リアル監査体験」「ゲーム感覚で学ぶ会計士の仕事」「満足度90%超!」といったフレーズが書かれ、スーツを着た有能そうな若い男女が協力して調査している写真が掲載されています。税理士の友人からたまに監査の話を聞くことがあり、以前から興味を持っていました。たとえば領収書に「お子様冷麺セット」が入っていて、「会社の経費として計上されていますが、これは家族で行った食事ですよね!?」と追及するなど、探偵っぽくてかっこいいです。また、会社ではなくて個人ですが自分の請求書も、突っ込まれないようにちゃんと常識の範囲内で揃えなければと思います。会計士の仕事について学ぶことで、確定申告のヒントも得られるかもしれません。
会場は、資格の学校の校舎です。USCPAの資格を得るための予備校で、国内の合格者はほとんどがこの学校の卒業生だとか。USCPAというのは私もはじめて知りましたが、外資系企業やグローバル企業、監査法人などで重宝される米国公認会計士の資格だそうです。英語での試験で、かなり勉強しないと取れないので、「英語で専門的な会計実務ができる人材」と評価され、収入も高いそうです。日本の公認会計士とは別物で、日本企業で対応できる業務に制限がありますが、最初からグローバルな活躍を視野に入れている人には良さそうです。
とりあえず、何も知らないど素人ですが、無料でイベントに参加したいと思って申し込んでみました。会場の学校に行くと、普段仕事でお目にかからないようなカッチリしたビジネス系ファッションの男女が集っていました。別のセミナーを終えて出てきて談笑する姿は、どこか名門大学の放課後のようで眩しいです。「ブレイクスルー」とか意識が高いワードも聞こえてきました。壁には、「グループコーチング」「FAR学習」「ガバナンスを学ぶ」といった専門的なプログラムのチラシが貼られています。薄々気づいていましたが、完全なアウェイ空間です。開始時間まで待機しながらも、不審な目で見られないかビクビクしていました。
会場がオープンして、ついに室内へ。テーブルが6つあって、そこに参加者が割り振られていきました。同じテーブルの人は、皆さん真面目で堅実そうに見えます。また、マイ計算機を携えている年配のおじさんもいて、その貫禄から、すでに会計士の仕事の経験があるのでは? と思わせられました。隣のテーブルの若い男女が「何がきっかけですか?」「インスタで流れてきて……」というのが聞こえてきました。やはり私と同じく、インスタの広告を見て気軽に参加を決めた人もいるようです。ガチな参加者もいるとは思いますが、興味本位の人もいることがわかってホッとしました。参加者は男女半々くらいで35、6人くらいです。
まず最初に学校のスタッフの男性から説明がありました。「監査の仕事をワークショップ形式でチームごとに体験していただくというイベントになっています。本校はUSCPAというアメリカの公認会計士の資格の講座を提供している予備校になります。このUSCPAという資格を通じて実際に監査のお仕事をされる方もたくさんいらっしゃいます」とのこと。
日本語の領収書や請求書をチェックするのも難しいのに、さらに英語の請求書の不正を調べるなんて異次元すぎますが、高収入というのは魅力的です。
「今回は、まだ実際に実務に携わってない方もいらっしゃると思うので、簡単に、会計士がどんなことをするのか紹介させていただきます」
そしてスタッフの方が監査について説明してくださったのですが「監査とは、公正な基準にもとづいて不正をチェックすること」だそうです。不自然な経理に気づくのが重要みたいです。カンと長年の経験が役立つのでしょう。そもそも私は何が不正で誤りなのかわかっていないですが……。
「企業というのは投資家であったり、債権者に対して財務報告を行う義務を負っています。財務諸表を使って、こんなふうにお金を使ったんですよ、という報告をするんですね」
と、学校のスタッフさんが解説してくれました。会社になるとこんな大変そうな財務諸表を作らないとならないとは、法人にしなくてよかったです……。
「企業側が作るものになりますから、売上がたくさんあるように見せたり、費用が少なくなるように見せたりということができてしまうんです。そんなものが公開されていては、債権者や投資家は安心してお金を貸したり、投資したりできません。そこで第三者の監査法人が、チェックをして『問題ありません』とお墨付きを与えてから世の中に公開をしていきます。監査法人は、監査という仕事以外にも、企業に対してアドバイザリーのような仕事も行っています。監査というのは基本的にチームプレイで行われ、得意分野で担当を割り振っていきます」
同じテーブルの人には申し訳ない思いですが、「まずじゃんけんでチームリーダーを決めて、リーダーが作業を割り振ってください」と言われたので、じゃんけんをしたらこんな時に限って勝ってしまいました! じゃんけんの法則。実は負けてもいいくらい勝ちにこだわらないでいると、逆に勝てるのかもしれません。焦って、重鎮っぽいおじさんに「代わりにリーダーをやってください」と言ったら、何かモゴモゴ不明瞭なことを話していて進まなそうだったので、とりあえず作業しやすいように隣同士の人に同じ作業を振らせていただきました。主な作業は「棚卸資産の監査手続」「現金及び預金の監査手続」「アシスタント」です。各テーブルに置かれた封筒内には、請求書が何枚か、銀行などに提出して金額を調査するための「確認状」、そしてある架空の会社の「貸借対照表」が入っていました。米国の公認会計士なので、全て単位はドルです。この「貸借対照表」の間違いを探して、正しい資産残高と、正しい負債残高の金額を導き出す、というのがミッションです。ちなみに「賃借対照表」は英語では、バランスシート、略称BSというそうです。「賃借対照表」の左側は「資産」、右側は「負債」が書かれていて、左右の合計金額は必ず一致しなければならないとのこと。適当や曖昧が許されない世界です。
架空の会社の財政状態を表していて、持ち物リストでもある「賃借対照表」を前に、それぞれ部屋の各所に設置された「金庫」や「倉庫」を調査します。さらに部屋の後方には、前任者の話が聞ける動画まで用意されていました。会計士の仕事は情報共有が重要だそうです。ところで、これまで何度か「謎解きゲーム」系のイベントに参加してきましたが、その中でもかなりクオリティが高く、勉強にもなって、無料とは。インスタに流れてくる広告の中でも当たりだと感じました。資格を実際に取るかどうかは全く別問題ですが……。
30代くらいの男性2人は「現金及び預金の監査手続」担当、そして20代くらいの男女と私は「棚卸資産の監査手続」をすることに。制限時間は25分です。そしてベテランに見えたおじさんは、「こんないい加減な賃借対照表よく作るなぁ」とモゴモゴ言うなど、ぼやくばかりで戦力にならないことが徐々に判明。「ここの数字はどうなってるの」と若者に言ったら「もうそこはやりました」と冷たくあしらわれていました。私も人のことを言えず、戦力外なのは同じですが……。しかしおじさんの服が汚れまくって、何日も入浴していないような匂いを発しているのも気になり、集中力が乱れます。他社にお邪魔して仕事する会計士はまず、清潔感が大事なのでは、と思いました。無料イベントなのでいろいろな方が集まってきます。
「現金及び預金」担当の有能そうな男性たちは、なんと金庫の底が二重になっていたのを見つけて、「確認状」を銀行に提出し、企業との取引金額や訴訟金額などを導き出していました。「棚卸資産」担当の若者2人と私は、「倉庫」で商品(消しゴム、ボールペン、ホチキスの芯)の在庫を調べました。「前任者の動画」を見たら「不良品を平気で納品する」と言っていたので、商品のホチキスの芯の箱を開けたところ、何も入っていない箱がありました。これは資産として計上できません。この、何も入っていない箱を発見した、というのが唯一私が貢献できたことです。若者にも「よく見つけましたね」と言ってもらえました。しかし、その分のお金を何からどう引いたら良いのか全くわからず、あとは人任せでした。有能そうな方々がスピーディに計算機を打って、資産残高や負債残高を算出。「通常はね、損益計算書がないから、これはあれで……」「家具って固定資産じゃないのかなぁ」と、おじさんが、また何かブツブツつぶやいてスルーされています。私よりは確実に知識がありそうですが……。覇気がなくて顔色も薄暗くて、会計士の霊かもしれない、とだんだん怖くなってきました。
クールで有能そうな30代男性が、回答用紙に「正しい資産残高 3XXXXXドル」「正しい負債残高 3XXXXXドル」と記入して提出(ネタバレになってしまうので、今後参加する人のために伏せ字にいたしました)。結果、正しい「負債残高」だけ正解で正しい「資産残高」が不正解と、惜しかったです。棚卸資産の何かが間違っていたようで、ちょっと責任を感じました。スタッフの方は「正しい負債残高のほうが難しいのに」と首をひねっていました。6チームのうち、なんと半数が両方正解、という高い合格率でした。
現実の米国公認会計士、USCPAのテストも、こんなにスムーズに通ったら嬉しいですが、後半の説明を聞くとかなりの難関でした。USCPA必須3科目は、FARとAUDとREG。それぞれ略語で、FARは「Financial Accounting and Reporting」と、まず科目名からしてわかりません。さらにBAR、ISC、TCPという選択科目から一科目選んで受験。講座の料金も結構お金がかかりますが、条件を満たすことで一般教育訓練給付制度を利用でき、予備校から合格お祝い金を受け取ることもできるとか。ちなみに 受給要件が「雇用保険の被保険者」なので私はさっそく受けられないことが判明。でも、この資格を取って転職に成功した人たちは、かなり年収がアップするようです。だいたい500万円前後アップして年収1000万円台に。大手コンサルや監査法人などに転職する人も多いようです。私にとっては別の世界線のまっとうな人生です。ちなみに、会計士に必要なマインドは「職業的懐疑心」「間違っていると疑う心」だそうで、とりあえず信じやすい私は向いていない気もします。
今回、そんな別の人生を短い時間でしたが体験できて、しかも無料でありがたかったです。さらに学校についての説明を受けたい人は残る形式でしたが、気づいたら皆サーッといなくなって帰っていました。思ったより難易度が高い資格試験だと思ったのでしょうか。自分の向き不向きがわかる貴重な体験でもありました。大人のキッザニアと謎解き体験を足して割ったような充実のプログラムです。そして、楽しむだけ楽しんだらとりあえずすぐ帰る、そんな現代人の無料体験の作法も学ぶことができました。
お金の計算とチームワークができる会計士のおかげで、日本の経済は回っているとわかったので日々感謝の念を送ります。

(次回は11月24日に公開予定です)
1974年東京都千代田区生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部卒業。漫画家、コラムニスト、小説家。著書に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『女子校礼讃』『電車のおじさん』『煩悩ディスタンス』『世界はハラスメントでできている』『この人生、前世のせいってことにしていいですか』など。文化放送「武田砂鉄 ラジオマガジン」木曜後半レギュラー。
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