辛酸なめ子「お金入門」 11.シェア菜園でプチ自給自足に挑戦

米や野菜など、食品価格が高騰しています。あらゆるものが値上がりしている今、何か自分でできることはないのでしょうか。また、最近はスピリチュアル系の識者に、食糧危機が来るかもしれないので、野菜などは自分が食べるぶんは確保した方がいい、とアドバイスされることが多く、天変地異の予言などもあって気になっていました。いったい何が起こるというのでしょう……。
節約になるかわかりませんが、野菜の栽培をはじめたほうが良い気がしていたある日、偶然青果店でシェア菜園のチラシを見つけました。野菜を栽培したくても、マンションの日当りが悪くて観葉植物もなかなか育たない環境。ここは思い切ってシェア菜園を借りたほうが良いかもしれないと思い、見学に行きました。
そのシェア菜園は、一区画は一辺約1.6メートルと、こぢんまりしたサイズ感でしたが1年間借りる料金は15万円〜(端の区画は15万5000円)と、ちょっとお高めです。ちなみに菜園や畑を貸すサービスの形態には、市民農園というものもあり、そちらは年1万円前後と安いようです。ただ、安いぶん農具や肥料などは自分で用意しなければならない場合も。素人としては高くてもクワやシャベル、支柱や肥料や薬剤など道具が揃っている方が安心です。
スタッフの人に「がんばれば払ったぶん以上の野菜が作れますか?」と聞いてみたら「ペイするのはちょっと難しいですね」とのこと。元を取る、というあさはかな考えはおいておいた方がよさそうです。そもそも毎月の野菜代はだいたい3000円前後として年間3万6000円。15万5000円ぶんも買っていません。でも、もし万一食糧危機が訪れたら、菜園でとれた野菜はプライスレスで貴重なものになるので、困っている友人知人がいたらわけてさしあげよう、と恩着せがましく妄想。それ以前に、ほとんど自炊しない私が、作った野菜を生かしきれるのか、という懸念もありますが……。とりあえず直感に従い、思い切って15万5000円を振り込みました。
借りた区画は二畝の広さで、6種程度の野菜が植えられるとのこと。それからしばらくはどの野菜にするか考えるのが楽しかったです。野菜を育てて自給自足した方が良い、とアドバイスしてくれた八ヶ岳在住の画家はキクイモを勧めていました。生命力が強くてどんどん増えて、栄養価も高いとか。それこそ食糧難を乗り越えられそうです。でも、菜園のスタッフに確認したら、草丈が2〜3mまで高くなってしまうので遠慮してほしいと言われ、断念。結局、ジャガイモとミニトマト、枝豆、オカヒジキ、そしてイチゴや小玉スイカなどの果物も入れて6種を選定。ジャガイモは主食にもなる万能な野菜で、ミニトマトは生ですぐ食べられるのが魅力です。枝豆もゆでたり、放置して大豆にしたり、いろいろな食べ方ができます。最近はイチゴやミニトマトなども高くなっているので、買わなくて良くなったら経済的にも助かります。オカヒジキは栄養価が高いので健康のためにもセレクト。ふだん自炊をほとんどしないで惣菜を買う生活なのですが、野菜を栽培することが何十年かぶりに料理のモチベーションになりそうです。
種まきは4月下旬からがベスト、とのことでシェア菜園のスタッフに「畝立て」のやり方を教わり、種や苗を買う直前に実施しました。自分の借りた区画の土壌をクワで耕します。そのあと、土を盛り上げて2つの畝を作ります。最後に全体の形を整えます。小さい面積ですが、5〜6分クワを振るっていたら二の腕に疲労感が。野菜作りのプロの方はこんなものでは済まされません。市場で売られている野菜の生産者への尊敬の念が高まります。
4月下旬になり、種や苗を買うために都内のホームセンター、コーナンに赴きました。ハーブから野菜、果物まであらゆる植物の種や苗が並んでいます。種はだいたい一袋150円前後で苗は300円くらいが多いです。枝豆一つとっても「早生えだまめ」「極早生えだまめ」「中早生枝豆」「早生枝豆」「おいしい枝豆」「とまらぬ旨さ やみつき枝豆」「中早生茶豆(茶豆は枝豆の一種)」「うまい茶豆」などたくさん種類があります。そんな中、風流な名前に惹かれた「湯あがり娘」という種類を選んでみました。「茶豆特有の芳香を持ち、食味抜群」だそうです。イチゴは花びらの色が「ラブピンク」と名付けられているかわいい「ラブベリー」の苗をセレクト。オカヒジキの種、ミニトマトの苗、小玉スイカの苗など合わせて6種の合計は約3200円になりました。もはや高いのか安いのかよくわかりません。ちなみに、軍手、帽子、エプロン、長靴なども準備したので、この時点でかなりお金がかかっています。収穫物を入れるためのおしゃれなバスケットでも買ったら……さらにかさんでいきます。
コーナンは活気があり、夕方に惣菜コーナーに立ち寄ったら、さっきまであったおかずがほぼ売り切れていました。改めて、野菜を育てて自分で食べ物を確保しなければ、という思いになりました。
その週末、さっそく種と苗を植えるという段取りに。本当にちゃんと発芽してくれるのか、初心者なので心配です。種まきのときに参考にしたのは『アナスタシア』というロシアの世界的ベストセラー。シベリアの森の神秘的な美女、アナスタシアが、ロシアの実業家ウラジーミルに人生の叡智を授ける、という内容です。自給自足や自然との共生というのもテーマの一つなのですが、アナスタシアは、種まきの方法についても教えてくれています。種をまいた人の体を癒す野菜を育てるためには、その人の体の情報を伝える必要があるそうです。そのためには、まく前の種をいくつか口に入れ、舌の下に9分以上置いておく必要があります。そのあと種を口から出して、両手のひらに包んで約30秒間手に持ったまま、植える地面に裸足で立ちます。そして、種にそっと息を吹きかけます。そのあと、種を空に向かってかかげ、30秒ほど天体に見せます。すると、空の惑星からのサポートも得られます。これらの一連の儀式で体の情報が種にインプットされ、食べただけで癒される野菜や果物が育つそうです。もしかしたら薬代やサプリ代も節約できるかもしれません。苗はもう芽が出てしまっているので、試すとしたらオカヒジキか枝豆です。枝豆の種のパッケージを開けたら、なんと真っ青の種が出てきました。調べたら、種子消毒剤と着色料を混ぜて表面をコーティングしている枝豆があるらしいです。これをなめたら、着色料や消毒剤をそのまま吸収してしまいます。ということで、「アナスタシア」の種まきを試すとしたらオカヒジキが良さそうです。あまり他に人がいなそうな時間に菜園に行き、種を出して口に入れた、のですが……ゴマつぶより小さくて軽い種で、口腔内にくっついてそのままの流れで飲み込みそうになりました。あわてて口から出したので、とても9分間なんて入れっぱなしにはできず……。数秒間で果たして自分の体の情報はインプットできたのでしょうか。動揺し、すぐ土に植えたのでそのあとの儀式もできませんでした。
そのあと、なんとか全種の野菜や果物を植えて、堆肥をかぶせたり、水をやったり、支柱を立てたり、虫や鳥除けの寒冷紗をかぶせてガードしたり。手間ひまかけて過保護に育てています。動物を飼うのとはまた違った楽しさがあります。土に触れている間は日頃の悩みも一時的に忘れて、癒される感覚が。いろいろあって人間不信になったときも、何も言わない植物と向き合っている時間が救いになりました。地球とつながっている感覚、というと大げさでしょうか。初期投資がかさみましたが、お金では買えない体験をしていると思うことにします。
それからも、週1〜2回は菜園に通い、水をやったり、必要な行程をこなしていきました。枝豆や、小玉スイカなどが広がりすぎないように、周囲に支柱を立ててその支柱にツルやクキを軽く結びつけるという作業がありました。ちなみに、小玉スイカは、花が咲いたら今後「授粉」を人工的に行なう必要がでてきます。「雄花の花びらをめくり、花びらを剝いて、雌しべにそっと雄しべの花粉をこすり付ける」なんて、官能小説のようで想像するだけでもドキドキします。そんな神の領域のようなことをやってしまって良いのでしょうか。ミニトマトは、栄養を奪ってしまう「わき芽」を取った方が良いと教えてもらい、それらしき芽を摘みました。じゃがいもにも芽かきという作業が必要だそうです。種イモから出た芽の中から、生育が良い2〜3本を残して残りの芽を取り除く、というもの。小玉スイカも花がついてツルが伸びたら、何本か選んで育てる必要があります。「14節までツルが伸びたら実がなるので、2つのツルだけ残しましょう」と、スタッフのおじさんがアドバイスしてくれました。専門的な内容で一度では覚えられません。間引きは少し覚悟がいりますが、結果的にそのほうが、厳選した苗が健全に育って収穫量も増えるようです。自分の人生も、物を溜め込んでいたり、いろいろなことに手を広げすぎたり、人脈でもなんでも整理ができていないのでは? と気付かされます。
ことわざにあるように、やっぱり隣の畑も気になります。ナスやネギ、トマトに葉もの野菜など……。家族連れが、5月中旬にすでにラディッシュを収穫していました。野菜を育てることは、小さい娘さんの今後のお受験にも役立ちそうな体験です。
そうしているうちに、葉っぱの陰にミニトマトやイチゴらしき実がなっているのを発見し、ちょっと感動しました。ミニトマトもイチゴもまだ緑色で食べごろはもっと先です。でも、オカヒジキは若い芽が勢い良く出ていて、収穫時期には早いですが味見くらいはできそうです。一応自分のだ液を一瞬だけ吸収させた種から育ったので、愛着心がありました。生えているオカヒジキを少しだけ摘んで、その場で口に入れてみました。まだ青臭さがありますが、シャキシャキしておいしいです。自分の体の情報が少し入ったからかもしれませんが、不思議にそのままでも味付けなしで違和感なく食べられました。収穫直後に食べるなんてなかなかできない体験です。もしかしたら、縄文時代とか大昔の人類はこうやって新鮮な野菜を調味料なしでおいしく食べていたのかもしれません。最低限の塩だけでも十分いけそうです。ドレッシングやソース代も節約できる、というかすかな希望がわいてきました。
シェア菜園は費用の元はとれないけれど、植物と仲良くなれるのはプライスレスな価値があります。

(次回は7月24日に公開予定です)
1974年東京都千代田区生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部卒業。漫画家、コラムニスト、小説家。著書に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『女子校礼讃』『電車のおじさん』『新・人間関係のルール』『大人のマナー術』『煩悩ディスタンス』などがある。
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