辛酸なめ子「お金入門」 22.投資カフェで学んだ生きる姿勢

原油高騰、物価上昇、円安……経済が揺らぎ、将来への不安が止まりません。さらにトランプのせいで世界中が振り回され、平和が乱されています。個人的にも、トランプの言動で株価が乱高下することもあって、心の平安を保つのが難しいです。中東危機で「恐怖指数」(CBOEボラティリティ指数。投資家の不安心理を反映するのでこう呼ばれる)が急上昇。3月には30くらいになって、その影響で株価が急激に下落してしまいました。4月中旬になって少し落ち着きましたが、まだ予断を許さない状況です。有事には金(ゴールド)が安定すると言われますが、なぜか金の価格も下落。いよいよ不安になりましたが、世界が大変なときに自分の株や投資のことばかり心配するのもいかがなものかと思われて、周りの人に相談することもできないでいました。
そんな折、都内に投資家が集まるスポットがあることを知って行ってみることに。もしかしたら株に詳しい識者の方々がいて、今後の見通しを語ってくれるかもしれません。その「投資家バーSTOCK PICKERS」は銀座にあり、土曜日と日曜日は「投資CAFE」として昼間も営業しているらしいと知り、素人としてカフェタイムに伺ってみました。サイトには「フリースタイルのカフェで、お客様同士が気軽に投資の話が出来る場をご提供します」と書かれていました。現地に向かうと、銀座という一等地で、治安も悪くないのに、なぜか付近の道路にゴミが散乱。脳内不安指数が高まります。
カフェに入ると、お客は私と同行してくださった編集者のKさんの2人だけ。料金は2時間まで1700円で、お茶やコーヒーなどセルフサービスで飲み放題です(アルコールは別料金)。銀座だと思えば妥当な価格かもしれませんが、訪れた日曜日の13時は、投資家らしきお客がいないのが残念です。店内のモニターには、AIなどIT系のビジネスの動画が流れていました。若い女性店員さんに、投資家の方々はだいたい何時ごろ来店するのか聞くと、彼女は今日が初出勤日(でよくわからない)とのこと。ドリンクを飲んでボーッとしていてももったいないので、店内にある投資関連の本などを拝読。
「時計投資」というジャンルのムックでは、 パテック フィリップの時計がカタログ風に掲載されていました。時計は数千万円から億単位のものまであるようです。時計として活用しながら、買ったときより高く売れたら良いですが、そもそも買うのが難しいです。希少価値のあるピンクダイヤモンド投資も気になります。アーガイル産は特に高価でグラム10億円する場合もあるとか。最近合成ダイヤや人工ダイヤが増えていますが、ピンク色の天然ダイヤは全ダイヤモンドのわずか1万分の1の産出量しかなく、色もかわいいので需要が大きいです。時計もダイヤもどちらも自分からは遠い世界ですが……。
本などを見ながらカフェで静かに過ごしていたら、店員さんと店長さんらしき人が2人して店の外に出て行ってしまい、レジや開きっぱなしのパソコンもそのままで無防備な感じです。投資家は経済的に余裕があるので、盗難は発生しないという性善説に基づいているのでしょうか。客として信用してもらえているのなら良いですが……。
投資家バーの常連客のエピソードを集めた本『投資家バーの常連客から聞いた 投資の成功術』もなかなかおもしろかったです。「トイレ3分トレードで毎月100万円」という見出しが気になって読んでみたら、会社員のKojiさんが会社の休憩時間にトイレで3分だけ株の売買をしているという話でした。チャートの「ローソク足」と呼ばれる価格を表す棒状の指標をチェックして、分単位でトレーディング。「トイレの個室に入ってパンツを下ろしたら、スマホの電源を入れてアクティブになるまで20秒。そこから狙っていた銘柄のチャートと板を見て、自分の想定通りの値動きになっていたら即決で買い。いきなり全資金を投入することもある。そして、3分後には売ってトレード終了だね」
なんとトイレ中の3分間で買って売っているとは。良さそうな株がない時は、何もせずに下ろしたパンツをそのままはいて出ることもあるそうです。下半身がフリーの状態だと直感力が冴えるものなのでしょうか。1日6万円の利益を目標にトレードを続けていて毎月大体数十万円から100万円の利益を得ているそうです。
また、別の常連客のマサニーさんは「資産1億円を達成するには『入金力』がものを言う」という自説を展開。入金力とは「投資に回せる金額」のことで、そのために日々節約しまくっているそうです。スマホは格安SIMに変えて、割高なコンビニではなくスーパーで買い物、休日は図書館で過ごして冷暖房費も浮かせる、など。そうしてインデックス投資に入金し続けて、ついに資産46億円を達成したそうです。
常連客の方々のガチ投資ぶりに戦慄しました。投資カフェの2時間の滞在時間が終わりに近づいた頃、ついに女性客が1人来店。丸の内で働いていそうな品格漂う知的な女性です。投資をされているのか聞いたら、10年前から「ロボット投資」というものをしているとのこと。AI投資の先駆けでしょうか。周りの友人にお金の話はしにくいので、投資家カフェやバーを訪れたそうです。私が、トランプの言動で株や金が下がって心配だと言うと、その女性も同じような不安を抱えていると話しました。
「一時的に下がっても、長期投資ならずっと持っていればいつか上がりますよね」と、お互い希望を語り、時間が来たのでお店を後にしました。
翌週、1人で投資カフェに再訪してみました。今度は15時すぎだったのですが、お店に入ったら男女のお客さんが4人もいました。1人の男性が皆に株の知識を語っているようです。ついに投資家の方と会えました。さり気なく近づいて、話の輪に入らせていただきました。
「ディフェンシブ株は景気の影響を受けにくい。景気に敏感な株やITなどの株ばかり買っていると、下がったときに一気にやられるから、食品やインフラなどの株を入れておいたほうがいいです」
と、かなり高度な内容が聞こえてきます。ディフェン……? 一度では覚えられません。グループには投資にくわしい男性が2人いて、知的な雰囲気で、2人ともグレーのニットスニーカーをはいていました。偶然なのか、投資家界隈で流行っているのか……。機能性や実用性、快適さを重視する合理的思考からニットスニーカーを選んだのかもしれません。
先ほど話していた投資家の方と目が合ったので「ホルムズ海峡の封鎖などで今後米国経済がどうなってしまうのか心配になったので、どなたかにお話を伺いたいと思って来ました」と言うと、その男性は「アメリカは石油産出国なので、ホルムズ海峡の影響はほぼ受けないですよ」とのこと。識者の言うことなので説得力があります。とりあえず世界平和を祈りつつ状況を見守ろうと思いました。
先ほどの話題に関連し、「アメリカのディフェンシブ株といえば、コカ・コーラやベライゾン・コミュニケーションズ(米国最大級の電気通信事業者)、エクソン・モービル(石油大手)などがいいですよ」と、その投資家男性は教えてくれました。
もう1人の男性によると、株の値動きなどの情報をチェックするのに「インベスティングドットコム」というサイトが良いとのこと。インベスティ……また覚えきれない名前が。彼が入っている「インベスティングドットコム」に並ぶチェックリストを見せてもらったら「WPP ADR」「リオ・ティントDRC」「サザン・コッパー」「コンソリデーテッド・エジソン」「デューク・エナジー」「フェデラル・リアルティ」など知らない会社の名前が並んでいました。後で調べたらWPPグループは世界最大の広告代理店、リオ・ティントは世界最大級の資源・鉱業メジャー企業、などどれもグローバルな会社みたいでした。リストに社名を並べているだけでも金運が上がりそうです。
このような株についての知識や教養を身に付けるため、有志の方々で「勉強会」を開いているそうです。会議室を借りて、それぞれおすすめの銘柄についてプレゼンしたり、株や投資についての情報交換をしたりしているとのことで、意識が高すぎます。
「バリュー株(企業価値に対し株価が割安な銘柄)が良いか、グロース株(高い利益成長が見込まれる割高な成長株)が良いか、ファンダメンタルズ分析(企業の財務データなどの分析)に基づいて調べています。手法を固めないと中上級者のレベルには行けません」と、投資家男性。
「基本、ROE(自己資本利益率)とPER(株価収益率)が合致しないものはスルーしています」
ついていけない専門用語が飛び交っています。本物の投資家は、データをしっかり読み込んで企業を分析していらっしゃいます。私のように「そろそろ半導体が来そう」と、知識がないまま直感だけで選んで含み損を抱える、ということはなさそうです。
投資家男性は「『会社四季報』を研究するのがおすすめです」と提言。「四季報と、四季報のガイドブックを交互に読んで、もしおもしろいと思ったら個別株の世界へ。面倒臭いと思ったら、分散投資や、インデックス投資をするのが良いと思います」
今までちゃんと見たことはなかったですが、上場している全ての会社の情報が載っているらしいです。
「一銘柄5秒ではサラッと読んでいます。コメント欄にビジネスのノウハウも書かれていて勉強になります。基本を押さえてから、自己流で分析するのが良いですよ。決算書がわかるようになるには『ビジネス会計検定試験』を受けるのもおすすめ。これで私は決算書アレルギーがなくなりました。有価証券報告書も読めるようになります」
縁もゆかりもない会社の決算報告書を読み込むなんて、考えただけでも気が遠くなります。
その話を聞いて「経理の仕事をしているのでその試験、受けてみたいです」と、女性客も前向きな反応。
投資カフェに集まる方々は基本勉強好きのまじめな方々のようです。楽して配当金などの不労所得を得たいと思っていた自分を反省しました。
ためしに「ビジネス会計検定試験」の過去問を調べてみたら、「次の文章について、正誤の組み合わせとして正しいものを選びなさい。(ア)社債の発行による収入は、財務活動によるキャッシュ・フローの区分に記載される。(イ)自己株式の取得による支出は、投資活動によるキャッシュ・フローの区分に記載される。」といった問題が目に入り、瞬時にあきらめました。急激な眠気が襲ってきたので、睡眠には良い効果を及ぼしそうです。
そして書店で『会社四季報』を開いてみたら、文字が細かすぎて読めないという現実が……。世の中には基本、楽してお金儲け、というのはないようです。自分のできる仕事を地道にこなしていこうと思います。
株で勝つには、日々の勉強と節約が必要。その真面目さがあれば株で大儲けしても自制心を失うことはありません。

(次回は6月24日に公開予定です)
1974年東京都千代田区生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部卒業。漫画家、コラムニスト、小説家。著書に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『女子校礼讃』『電車のおじさん』『煩悩ディスタンス』『世界はハラスメントでできている』『この人生、前世のせいってことにしていいですか』など。
Xアカウント@godblessnameko





