相場英雄『アンダークラス』
現実を直視せよ
『震える牛』の田川警部補シリーズは本作『アンダークラス』で3作目となる。同シリーズは、非常に手間と時間がかかる。着想から取材、そして執筆。書き上げた作品を鬼担当にゴリゴリと直され、半泣きで改稿を繰り返す。取材を始めたのが2018年の1月、足掛け約2年でようやく世の中に送り出すことができたことに、今はただただ安堵している。
さて、本編で一番訴えたかったのは「もはや日本は先進国ではない」という点だ。家族が海外に住んでいる関係上、頻繁に国外の情勢を耳にする。自身が海外取材に出かけることもあり、ここ数年「なんかおかしいぞ、日本」と感じる機会が増えた。
例えばラーメン。折からの日本食ブームもあり、ニューヨークでは某有名チェーン店の一杯が2000円以上になっていた。ラーメンのほかに副菜とアルコールをオーダーすればたちまち5000円を超す計算だ。いくらブームでも、高すぎ……当初はそう考えていた。だがある日、考えを改める一言に接した。家族の友人が来日した際、その理由を問うたときだ。
「だって、日本はとてつもなく物価が安いから」……。巷では日本食や頑固な職人の技を讃える「日本最高」的なテレビ番組が人気だ。ここ数年のインバウンド景気も日本へのあこがれで来日する人がいたのはたしかだろう。だが、私は「とてつもなく物価が安い」という理由が一番リアルに感じた。
本編中に触れたが、日本は少子高齢化が加速し、経済のパイが縮み続け、経済低迷期のサイクルにはまって抜け出せずにいるのだ。別の視点で見てみよう。ニューヨークのラーメンが東京と同じクオリティなのになぜ高いか。米国経済は成長を続け、物価も土地価格も上がっている。たかがラーメンでも2000円以上出さねば食えないのだ。それでも店が繁盛しているのは、目先の収入が増えていくという確固たる見通しがあるからこそ。今の日本で収入が増えていくと胸を張って言える人が何人いるだろうか。
収縮のサイクルに入った日本では、持たざる者からさらに金を絞り取るビジネスが幅を利かせ続けている。日本はもはや先進国ではない。それでも儲けを狙って進出してくる企業が多い。便利、簡単、迅速……そんな輩は、美辞麗句を並べてあなたに迫っている。いや、もう既に生活の一部として溶け込んでいるかもしれない。
相場英雄(あいば・ひでお)
1967年新潟県生まれ。1989年に時事通信社に入社。2005年『デフォルト 債務不履行』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞しデビュー。2012年BSE問題を題材にした『震える牛』が話題となりドラマ化され、ベストセラーに。他の著書に『血の轍』『ナンバー』『トラップ』『リバース』『御用船帰還せず』『クランクイン』『不発弾』『トップリーグ』など。本作『アンダークラス』は、『震える牛』『ガラパゴス』に続く、〝田川信一シリーズ〟3作目にあたる。