『この本を盗む者は』深緑野分/著▷「2021年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR

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この本を読む者は、本の呪いにかけられる


 中世のヨーロッパで写本がとんでもなく高価だった頃、書物には呪いがかけられていたという。本を盗んだ者、借りて返さない者には容赦なく災いが降りかかることが願われた。この本を盗む者は──。

 本の街として知られる読長町(よむながまち)の御倉館(みくらかん)は、書物の蒐集家が建てた巨大な書庫だ。以前は公共図書館のように住民が自由に出入りして本を読むことができたが、あるとき大量の本が盗まれたことから固く門戸を閉ざすようになった。この蒐集家の家系に生まれたのがこの物語の主人公・深冬(みふゆ)。たとえるなら本の世界の家元の娘である。

 それなのに深冬は本が大嫌いだ。マンガ以外は一切手に取らないほどに。ある日、御倉館から一冊の本が盗まれたため「本の呪い(ブック・カース)」が発動、町全体が物語に呑み込まれてしまう。そこではやまない雨が降り続いては奇妙な植物があたりにはびこり、町の人が物語の登場人物よろしく気取った私立探偵として振る舞い、蒸気機関が発達した町に巨大な銀色の獣が現れる。このねじれた世界を元に戻すためには本を盗んだ犯人をつかまえなくてはならない。こうして深冬は物語の世界を駆け巡るはめになる。白い髪に犬の耳をはやした少女・真白(ましろ)とともに。そして深冬はこの呪いがなぜどのように生まれたのかという謎をたどることになるのだけれど、それは読んでのお楽しみとしておこう。

『この本を盗む者は』深緑野分/著

 いやおうなく巻き込まれてしまった深冬にとっては災難だけれど、本の世界に入りたいと願ったことがある人にはわくわくするような話だ。『はてしない物語』のバスチアンが憧れたように、退屈でどちらかというとつらいことが多い現実よりも、物語の世界のほうが魅力的だから。この本を読むと、授業中、教科書に隠した文庫本を読みふけったこと、電車を降りても物語の結末がどうしても気になって歩きながら読んだこと、面倒な用事を脇にやってちょっとした罪悪感とともに本を手に取ったことを思い出す。

 そのとき読者はきっと素敵な本の呪い(ブック・カース)にかかっているのだ。

──KADOKAWA 文芸単行本編集一課 小林 順


2021年本屋大賞ノミネート

この本を盗む者は

『この本を盗む者は』
著/深緑野分
KADOKAWA
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