〈第3回〉浜口倫太郎「ワラグル」スピンオフ小説 芸人交換日記

「ワラグル」スピンオフ小説

崖っぷち漫才師がお笑いコンテストを
目指す笑いと涙と戦慄の物語
「ワラグル」
刊行記念スピンオフ短期集中連載!

5月28日 from 瀬名

 ……わかりました。じゃあ周りのスタッフに牧野のことを訊けという指示にだけは従います。でも俺はもうラリーさんに付いてもらわないと決めたんで。

 

6月7日 from 瀬名

 ……番組スタッフに牧野のことを訊きました。最初みんな口を濁していましたが、正直に言ってくれと頭を下げて頼んだら、これでもかというぐらい悪評が出てきました。

 牧野はとにかく仕事ができない。全員が口を揃えてそう言いました。

 まず作家なのに台本が書けない。構成も日本語も無茶苦茶。ナレーション原稿を任せたら、あまりにひどい仕上がりだったので、ディレクターがナレーターにこっぴどく怒られたそうです。それ以降どのディレクターも、牧野と一緒に仕事をすることを嫌がっているとのことです。

 番組の会議でもどこかで見た企画しか持ってこない。昨日やっていた別番組の企画を、さも自分が考えたような顔で持ってくる。

 そのことを誰かが指摘すると、翌週からは実現不可能なはちゃめちゃな企画を提出する。俺はおまえたちに理解できない奇天烈(きてれつ)な発想をする作家だぞと言外で言いたいがためだけの企画案です。そんな牧野の頭の中なんて、全員が見透かしています。

 会議中もずっとスマホを触っている。横にいたスタッフがのぞき見ると、出会い系サイトでした。仕事中に女探しをしているそうです。

 別の作家が秀逸なアイデアを出して会議が盛り上がると、「それ芸人が一番嫌なやつなんですよね」と元芸人作家特有の台詞しか吐かない。これを口にしたら芸人経験のない作家が押し黙ることを知っているんです。

事あるごとに「瀬名がこんなんやりたいって言ってました」と牧野が得意げに語っていたそうなんですが、俺はそんなこと一度も言ったことはありません。使ってもらう立場の俺が、そんなだいそれたことを言うわけがありません。

 最後にスタッフが、「瀬名さんが番組に牧野さんを入れてからは、スマイリーさんの評判も下がっていました。瀬名さんが牧野さんをこのまま重用するのならば、もうスマイリーとは仕事はしないって息巻いていたディレクターもいます」と教えてくれました。

 ショックでした。牧野が仕事ができないことは知っていましたが、ここまでひどいとは考えてもいませんでした。

 ラリーさんはすでに牧野の評判を知っていたんですね。同じ作家として牧野が使えないことをわかっていたんですね。

 そのあとよし太にも訊いてみると、「……瀬名君が牧野君と仲ええから言えんかったけど、僕も牧野君はよくないと思う」とぼそぼそと答えました。あいつがそんな発言をするとはよっぽどのことです。

 そこで気づきました。「俺はプロの芸人じゃない」というラリーさんの言葉の真意に。

 本当にプロの芸人として上を目指すのならば、スタッフは優秀な人間を付けなければならない。特に作家は、芸人にとっての軍師です。軍師が無能だったら、軍は全滅します。今さらながらそのことに気づきました。

 親友だから。情があるから。話しやすいから。付き合いやすいから。俺はそれだけの安易な理由で、牧野を作家に選んでしまっていたんです。

 牧野のクズっぷりを、あいつが芸人時代と同じノリで面白がってしまっていたんです。仲良しこよしの延長線上であいつを作家として使ってしまった。そのせいでよし太や他のスタッフに迷惑をかけてしまい、信頼を失ってしまった。そして俺は、そのことに気づいてすらいなかった。

 東京で売れたい。キー局の番組でMCとして活躍したいと口では言いながら、牧野のような作家を付けていた。本気でそう願っているのならば、冷静な目で牧野の実力を判断して、牧野を付けるべきではなかったんです。

 ラリーさん、申し訳ありませんでした。ラリーさんは他のみんなが言いにくくて言えなかったことを、あえて俺のために口にしてくれてたんですね。芸人のためを想って苦言を呈すのが本当の作家なんですね。そして芸人は、そんな耳が痛いことを言ってくれる作家を付けなければならない。それが本物のプロの芸人なんですね……。

 また明日直接謝らせてください。

 

6月8日 from 瀬名

 どれだけ謝っても許されるとは思いませんが、謝罪を受け入れていただきありがとうございます。 

 さっきのラリーさんの話、驚きました。

 まさか牧野が専門学校で放送作家として講師をやっていたなんて初耳でした。スマイリーの座付き作家という肩書きで、学校にもぐり込んでいただなんて。

 あいつ作家に転身してまだ一年ぐらいです。作家としてこれからいろんなことを学ばないといけない立場なのに、まるで有名作家のように偉そうに人にものを教えていたなんて信じられません。ラリーさんが牧野を不快に感じているのも無理はありません。

 牧野は芸人として才能がなかった。けれど芸人は辞めても華やかな芸能界にしがみつきたい。芸人時代と同様ワイワイと、俺たちと一緒に楽しい日々を過ごしたい。ただそれだけで作家に鞍替(くらが)えしたんだと思います。

 そういえば牧野は芸人のとき、「作家なんか芸人の才能の出がらしで通用する」とよく口にしていました。

 だから作家に転身する覚悟や、真の意味での作家というものがわかっていなかった。努力もせず、遊び半分で作家業をやってもいけると思っていたんです。

 この日記を書く前に、牧野に会いました。そして直接、「スマイリーの座付き作家をクビにする。番組も辞めてもらう」と告げました。

 牧野は慌てふためきました。俺がスタッフに牧野の評判を訊いたこと、こっそり専門学校の講師をやっていることを言うと、顔面蒼白(そうはく)になっていました。

 もう一度チャンスをくれと牧野に懇願されました。確かに俺の言うとおり、作家業をなめていたと。でも心を入れ替えてこれからは本気で取り組む。スマイリーをKOM決勝に行かせるために必死でネタ作りを手伝うと。

 牧野がこんな真剣な目をするのをこれまで見たことがありません。一瞬心が揺らぎそうになりましたが、俺はきっぱりと断りました。

 そして、「牧野、おまえは作家を辞めろ。向いていない」と告げました。それが牧野のためであり、このお笑い業界のためだからです。

 それはできないと牧野は頑なに断りました。牧野ならばそう言うと予想していましたが、俺はつい目頭が熱くなりました。

 牧野が拒否をするのならば、牧野と絶交する。そう決めていたからです。牧野が作家を辞めて普通の仕事につくんだったら、親友としてまだ付き合えると期待していましたが、やはりそうはなりませんでした。

 そこで俺はケータイから牧野の連絡先を消去し、その場を去りました。

 親友とこんな別れ方をする……苦楽を共にした同期の仲間ともう二度と会えない。胸がはりさけそうになりましたが、何か踏ん切りがつきました。

 今さらながらプロの芸人としての自覚が芽生えた気分です。俺には芸人の道しかない。KOMしかないのだと。

 ラリーさん、今まで失礼なことを書いてきたことをもう一度謝らせてください。

 これまで以上のご指導ご鞭撻をお願いします。今度は嘘ではありません。 

 

6月12日 from 瀬名

 ラリーさん、今日は本当にびっくりしました。

 まず稽古場に入った途端、ラリーさんはこう言ってくれましたね。

「瀬名、おまえの言うとおり、おまえにはMCの能力がある。だが一番肝心な部分にその能力を使えていない。だから俺はおまえを否定した」って。

 そこで俺は、もう一度MCというものについて考えてみました。

 MCとはオーケストラで例えると指揮者です。作曲家として曲を作ってくれるのがスタッフです。指揮者が作曲家が込めた意図や想いを汲(く)むように、MCもスタッフの意図を考えねばなりません。 

 そして全体を俯瞰で眺めながらタクトを振って、芸人やタレントの持ち味と能力を最大限に引き出してやる。それが俺の考える理想のMCです。

「使えていないってどういうことですか?」

 そう尋ねると、ラリーさんはよし太を指差しました。

「その能力をなぜ漫才に、よし太に使わない。スタッフの意図を汲めるのに、なぜよし太の意図を汲めないんだ。なぜよし太の能力を最大限発揮させるようなネタを作らない」

 そう言われて俺ははっとしました。鉄骨か何かで後頭部を殴られたような衝撃を受けました。

 MC能力と漫才はまるで違うものだと考えていたからです。

 それからラリーさんが、漫才台本を渡してくれましたね。スマイリーの台本です。

 その台本を読んで、俺は戦慄しました。

 よし太が俺にものを教えるという設定の漫才です。俺が日記で書いていたことが、漫才のネタになっているのです。

 よし太は熱を込めて教えてくるのですが、それがことごとく間違っている。それを俺が逐一訂正する。これまでにない形なのに、まさにスマイリーの漫才です。

 それにこの形式ならばボケをマシンガンのように連射できます。破格の手数が出せます。

 しかもよし太のボケが、本当によし太が全部言いそうなことです。なぜラリーさんがそこまで完璧によし太のことを把握しているのかがわかりません。もう今すぐにでも漫才をしたい衝動に駆られました。

「ラリーさん、これです。僕、こんな漫才をずっとやりたかったんです」

 台本を読んだよし太が声を弾ませました。こいつが台本を読んでこんなに顔を輝かせる姿をはじめて目の当たりにしました。

 そしてラリーさんが教えてくれましたね。

 これが俺たちの『人(ニン)』だと。

 ニンとはそのコンビにしかない個性や特徴のこと。ニンを最大限に引き出した漫才こそが、そのコンビにとって一番ウケる漫才になると。

 まさにこの台本には、スマイリーのニンが全部込められています。

 そこでやっと、味園さんのあの言葉が腹に染み込みました。ラリーさんのおかげでKOMに優勝できたというあの言葉が。すみません。これまでのラリーさんの言動から、味園さんが大げさに言っているだけだと思っていたんです。偶然ラリーさんが付いたタイミングで、味園さんが優勝しただけだろうと。

 最後にラリーさん、こう言ってくれましたね。

「瀬名、よし太、おまえたちに言っておく。スマイリーの目標はKOM決勝進出じゃない。KOM優勝だ」

 胸が熱くなりました。本当に優勝できるかもしれない。この台本にはそれぐらいの力があります。

 ラリーさん、約束します。俺は、俺たちスマイリーは、今年のKOMで優勝します。

 

6月13日 from よし太

 そや。瀬名君、今年のKOMはスマイリーが優勝や。やるでぇ。

 

6月13日 from 瀬名

 いや、ちょっと待って待って。わからん。わからん。なんでよし太が勝手に日記読んで、メール返信してんねん。おかしい。おかしい。これラリーさんしか読んでないんやないですか。約束違うやないですか。

 

6月13日 from よし太

 ラリーさんが、瀬名君の日記のメールを転送して全部僕に読ませてくれててん。瀬名君、こんなこと考えてたんやね。いっつも瀬名君自分の気持ち喋らんやん。特に芸人になってからはずっとそう。楽屋でもゲームしているだけで、僕と口利いてくれへんやん。

 だからこの日記を読んで、僕ほっとしてん。瀬名君こんなこと考えてるんやって。まあ腹立つことも書いてたけど僕大人やからな。許したるわ。これでわかったやろ。僕の方が瀬名君より大人っていうのが。

 あの漫才台本のボケも、僕がラリーさんと一緒に考えてん。

 瀬名君、僕のボケは千個に一個しか使いもんにならんって書いてたなあ。それを読んで僕が落ち込んでたら、

「だったら一万個、十万個ボケを考えろ」

 ってラリーさんが言ってくれてん。でもマジでやらせるとは思わんかったけど……僕、頭おかしくなるかって思うぐらいラリーさんにしめあげられたんやで。

 もう勘弁してくださいって泣きついたら、ラリーさんが教えてくれてん。

「ワラグルにならなければKOMに優勝できない」って。

 瀬名君知らんやろ。笑いに狂うって書いて『ワラグル』っていうんやって。おっかない言葉やけど、なんか僕それで火がついてん。

 それにラリーさんが考えてくれた設定が、僕がほんまにやりたい漫才やったからね。死ぬ気でやったわ。

 台本読んで驚いたふりしたのはドッキリでした。いっつもドッキリ僕しか引っかかってへんからな。瀬名君見事騙されたな。ざまあみろ。

(つづく)

 


「ワラグル」スピンオフ小説 芸人交換日記 アーカイヴ

ワラグル

『ワラグル』
浜口倫太郎

 浜口倫太郎(はまぐち・りんたろう
1979年奈良県生まれ。漫才作家、放送作家を経て、『アゲイン』で第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞しデビュー。著書に『シンマイ!』『廃校先生』『22年目の告白─私が殺人犯です─』『AI崩壊』『お父さんはユーチューバー』など多数。
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