中山七里さん × 芦沢 央さん SPECIAL対談

SPECIAL対談 中山七里さん × 芦沢 央さん 人気作家が「創作の極意」を語り尽くした、 贅沢な小説講座を公開!

人気作家が「創作の極意」を語り尽くした、
贅沢な小説講座を公開!
 年の瀬も押し詰まった12月18日、マスコミ報道を題材にした中山七里さんによる社会派ミステリ『セイレーンの懺悔』の刊行を記念して、三省堂書店池袋本店にて「中山七里さん美女と夜会 その2」が開催された。ゲストは心温まる連作ミステリ『雨利終活写真館』を上梓した芦沢央さん。詰めかけた大勢のファンを前に「二人の実践小説講座」と銘打たれたトークイベントでは、「創作スタイルの違い」「アイデアの発想方法」など、普段めったに聞くことのできない小説作法が赤裸々に明かされ、きわどい業界裏話まで飛び出した。笑いと感嘆に包まれた当日の模様を誌上で完全再現する。

トリックが先か、テーマが先か

中山……みなさん、こんにちは。“このミステリの片隅に”、中山七里です。

芦沢……(笑)芦沢央です。よろしくお願いします。

中山……今回は趣向を変えて、実践小説講座。芦沢さんとはデビューが2年しか違わないけど、僕は小説講座に行ったことも教わったこともないので、多分言うことはメチャメチャです(笑)。

芦沢……中山さんは年6冊本を出し、トイレは1日1回で3日寝ないなどのトンデモ話をよく聞きます。今日は常人でもマネのできる話を聞きたくて、私からこのテーマをお願いしました。

中山……最初のお題は、「二人の創作スタイルの違い」。まず、僕がどうやって小説を作るかというと、出版社からのオファーがあるんです。“こういうものを書いてください”って。

芦沢……私は具体的なオファーのリクエストをもらうことはあまりないですね。何となく“長編ください”みたいな。

中山……僕、書きたいものがひとつもないんです。自分が書きたい小説を書いても売れるかどうか自信がないから、編集者に“今どういう本が読みたいですか”と聞くほうが外れがない。デビュー作の『さよならドビュッシー』からして、自分の書きたいものではなく、どうすれば売れるかを考えてああいう作品になりました。

芦沢……“こうすれば売れるのでは”という情報収集力もケタ外れですが、それをどう作品に落とし込むかを知りたいですね。実際にオファーがあってからどうするんですか?

中山……「バッドエンド」「ハッピーエンド」「感動もの」「胸にひっかかるもの」などのどれがいいか、編集者に聞きます。過去には三人の編集者から3つずつリクエストがあり、9つのリクエストを反映した作品を書いたこともあります。僕は下請けだからクライアントの言うことを全部聞く。もう6年やっているけど、自分が作家という意識はゼロで、どちらかというと寿司屋のおっさん。マグロやタコを頼んで、その通り握ってくれるからお客さんは安心する。“ウチはマグロ握りません”と言われたらお客さんは帰っちゃうでしょう。

芦沢……(圧倒された様子で)はい……。私はまずトリックが浮かびます。それからトリックを成立させるための登場人物やシチュエーションを掘り下げていき、物語に説得力を持たせるよう、延々と世界を作っていきます。

中山……それは大多数のミステリ作家が用いる大正解の手法です。ただ、それだと登場人物がトリックを成立させるための“将棋の駒”になり、生身の人間が生きていないパズルのような作品になりがちです。このように最後から決めていくやり方を「帰納法」といいますが、僕はこれを最初から捨てた。トリックを思いつかないと書けないので、量産できないからです。

芦沢……ううう、痛い、痛いよ~(苦笑)。

中山……そこで僕は量産するために、帰納法とは逆の「演繹法」をとりました。編集者のリクエストでテーマを決め、人間とストーリーを考えて最後にトリックに取りかかる。これなら、テーマを与えられた時点ですぐに一本書けます。

原木を彫るやり方と、プラモデル方式

芦沢……メッセージ性のある作品が多いですが、何らかの問題意識が出発点になるのですか?

中山……いいえ、まったくなりません。量産の邪魔になるから、作品に自分の考えはなるべく入れないんです。芦沢さんは、デビュー作『罪の余白』や短編集『今だけのあの子』はブラック系統のミステリですが、近著の『雨利終活写真館』は一転してハートウォーミング。それでも、登場人物に向ける眼差しは一定ですね。

芦沢……あ、それはそうですね。生きづらさに向かい合いたい、寄り添いたいというのが私のモチベーションです。『雨利終活写真館』では、大切な人を亡くした人間が、どうすればその後の人生を歩んでいけるかを考えました。メッセージ云々というより、私自身が、そうした問題を掘り下げていった感じです。でも、この本から入って以前の作品を読んでいただくと、心が凍りつくような話ばかりなので心配です(苦笑)。

中山……僕はみなさんに楽しんでほしい。作品を一気読みしてもらうために最初の5頁のセリフの長さや「!」「?」の量などを調整して、読者の呼吸に合うように書いています。

芦沢……次のお題は「アイデアの発想方法」ですね。私のデビュー作はスティーヴン・キングの小説が着想のきっかけで、新聞の三面記事を読んで“なぜこんなことが起こったんだろう”と考えることも多い。アイデアが空から降ってくるというよりは、木の内側に埋め込まれた像を一生懸命、彫り出していく作業に近いかな。

中山……わかります。多くのミステリ作家は、原木の中にある像が見えていて、それを一刀ずつ彫っていきます。一刀彫りですね。僕のやり方は違っていて、最初に設計図を描いて、後は組み立てるだけのプラモデル方式。最初にテーマをもらってから“3年前にこんな事件があったな”と思い出して、それを加工してつなげます。プラモデルだから途中の修正がいりません。

芦沢……中山さんはプロットの段階から物語の最後の一行まで完全に決まっていて、連載10本を並行して書けるとか……めまいがします(苦笑)。私には絶対不可能です。10個も原木があったら何を彫っているかわからなくなりそう。

中山……いちばんキツかったのは、新聞連載が朝刊と夕刊の2本あって、合計14本だった時。さすがに大丈夫かなと思ったけど何とかできた。

芦沢……引き受けるところがまたすごい。

中山……オファーをもらった時、“ここで断ったら一生仕事が来ない”と思ったんです。要は目の前に落ちていたお金は拾えってこと(笑)。

短編はキレ、長編はコクで勝負する

中山……3つめのお題は「長編と短編の違い」です。まず分量は短編なら原稿用紙100枚、中編は350枚、長編は350枚超ですね。350枚を軽く超える1000枚超をなんて呼ぶか知っていますか? 「京極」です(場内爆笑)。

芦沢……短編はアイデア、長編は構成力とエピソードの積み重ねが勝負になると思います。

中山……その通りですね。わかりやすく言えば、“短編はキレ、長編はコク”。長編は真ん中にテーマという太い幹がどんとあり、そこにエピソードという葉っぱがたくさんくっついている。長編が成立する条件は、物語の最初と最後でキャラクター、あるいは物語が変化することです。最初は未熟だった登場人物が成長したり、未解決だった事件が解決する──この落差が大きいほどカタルシスが深くなります。一方で短編は視点が変化します。それまでと違う見方を提供するのが短編の条件。長編と短編は使う筋肉が違い、作家によって得手不得手があります。

芦沢……ちなみにどれが得意とかは?

中山……ないです(と即答)。

芦沢……全部の筋肉が発達した?

中山……得意とは言わないけど、不得意はなくなりました。デビューして仕事を全部受けたのは、いろんな筋肉が発達すると思ったからです。

芦沢……私ははっきりと短編のほうが得意です。長編は全体を見通す力がないと難しい。中山さんは3日で設計図ができますが、私のような凡人は長編を1冊書くのに最低でも3~4ヵ月かかります。その間にだんだんわからなくなり、600枚の原稿なのに2000枚書いて捨てることもある。短編は立ち止まることなく、1週間以内に書けるので原稿はほとんど捨てません。

中山……アンソロジーはどうですか?

芦沢……「猫」や「共犯者」など与えられたテーマだけだと一冊にまとまりづらいですね。だから、登場人物をつなげたりします。

中山……一緒です。どんなアンソロジーでも後で一冊の本にする時、どこに収まるかを考えることはすごく重要。これは昔、筒井康隆が星新一から教わったことです。

芦沢……新人は単発の仕事が多くて、“お手並み拝見”の仕事で文芸誌に短編をたくさん書いているのに、本が出ない。やっぱり本が出ないと認知してもらえません。

中山……ここだけの話、本になりやすい出版社とそうでない出版社がありますからね。同時期にデビューして本が出ていない人もいます。

芦沢……きわどい話になってきました(苦笑)。

中山……でもそれは作家や出版社が悪いのではなく、めぐりあわせのためで相性や運も関係します。とはいえ、デビューするのは運だけじゃない。ある偉い先生からこう言われました。“残る人はどんなふうにしても残る。間違ってデビューした人は途中で息切れする”。不思議なもので、ひとつのことに本当に情熱を傾ける人はまわりが放っておかないんです。

小説家として、どう生きのこるか

中山……最後のお題は「小説家として生きのこるために」。何を心がけていますか?

芦沢……どの本を出しても100人中100人に好かれるのは難しいので、“この作品はあまり好きじゃないけど、この作者は気になる”とか、“次作も読んでみよう”と思ってもらえることが大事だと思います。そのためジャンルをひとつに絞らず、長編、短編、連作短編、ドロドロ、ハートウォーミングといろいろ書いています。

中山……僕は作家になると思ってなかったけど、26年間サラリーマンをやってデビューしたからには、職業として成立しないとダメだと思った。書くことだけで自分と家族を養わないと職業とは言えません。芦沢さんの言うように100人中100人が好む作品を書くのはムリなので、人それぞれの好みに合うように小説のバリエーションを考えました。多くの作品を作るためには仕事を早くして、約束を守ることも大事です。それでもデビュー直後、「おめでとうございます」と言われた瞬間がいちばん怖かった。“これでもし一発で終わったら笑い者だな”と思ってしまい、全然うれしくなかったですね。

芦沢……生きのこる方って、「チャンスはピンチだ」と考える方がすごく多いらしいですね。

中山……もっとゾッとしたのが、デビュー作が書店に並んだ時ですよ。僕の本の左が東野圭吾さん、右が宮部みゆきさんでした。あの時の恐怖といったら(苦笑)。

芦沢……本当にそうなんですよ! しかも宮部さんのほうが値段が安かったりするんです(場内爆笑)。絶対に私の本は買わないだろうみたいな。愕然としましたね。中山さんはデビュー時に「中山5ヵ年計画」を立てたんですよね。

中山……はい。生きのこるための5ヵ年計画です。ジャンルは最小で5つ、必ず老舗5社に連載を勝ち取る。初年度3冊、2年目4冊、3年目から毎年6冊ずつ単行本を出すと決めた。僕は才能がないから名前を知られないといけない。そのためには、新刊が2週間や1ヵ月で姿を消す本屋の平台に僕の本をずっと置いてもらえるようにしようと考えました。簡単でしょ?

芦沢……簡単、ですかね……。私は中山さんのように量産できないので、一作一作、とにかく内容が薄いと言われないように心がけています。このテーマで書くと決めたら、ここで断筆してもいいくらいの気持ちでやっていますね。

 

(構成/池田道大)

 

中山七里(なかやま・しちり)
1961年岐阜県生まれ。2010年『さよならドビュッシー』で第8回「このミステリーがすごい!」大賞受賞。最新刊は『翼がなくても』。

 

芦沢 央(あしざわ・よう)
1984年東京生まれ。2012年『罪の余白』で第3回野性時代フロンティア文学賞受賞、同作が映画化。近著に『許されようとは思いません』がある。
 
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