今月のイチオシ本 デビュー小説 大森 望
「KAPPA-ONE」は、カッパ・ノベルスを擁する光文社主催の長編新人賞。光文社文庫の公募アンソロジー『本格推理』が母体になったこともあって本格ミステリに強く、いまをときめく東川篤哉や石持浅海、詠坂雄二を輩出した。この賞が「KAPPA-TWO」としてリニューアル。その第1弾として10年ぶりに刊行された受賞作が、阿津川辰海『名探偵は嘘をつかない』。著者は1994年、東京生まれで、東京大学在学中(老舗の文芸サークル「新月お茶の会」所属)。応募時は弱冠20歳だったそうで、作品にも若さと野心と稚気があふれている。
舞台は、警察庁の下部組織として探偵機関が設立されたもうひとつの日本。探偵大学校を卒業し、厳しい探偵試験に合格した探偵士は、犯罪捜査のエリートとして、警察庁の依頼に基づき、難事件の解決に協力する。名探偵を父に持つ特務探偵士・阿久津透は、中学生の頃から事件捜査に関わってきたエリート中のエリート。性格は傲岸不遜にして冷酷非情。妥協を許さず、徹底的に犯人を追い詰める。だが、その阿久津透に、証拠捏造の疑惑が持ち上がる。かくして、本邦初の探偵弾劾裁判が始まった……。
主役のひとりは、探偵大学校卒業以来、10年にわたり阿久津透の探偵助手をつとめてきた火村つかさ。刑事である兄・火村明を阿久津が見殺しにしたことから袂を分かち、阿久津を弾劾する側に立つ。
──という物語の語り手をつとめるのが、殺された火村明。作中では・あの世・が実在し、条件を満たすことで転生が可能になる。幽霊となって妹を見守っていた明は、兄の死に対する復讐を企てている彼女を止めるべく、裁判関係者だった女子高生の体を得て、この世に復活する。
この転生システムと密室殺人の謎がからみあい、物語は四転五転する。文章や語り口にはまだ改善の余地があるが、ぶっとんだ設定を別にしても、意外性あふれるトリックと冴えたロジックが(多重解決の捨てネタ含め)いくつも投入され、ポイントが高い。選考委員の東川篤哉が帯で推薦するとおり、“今年の本格ミステリを語る上で必読‟のデビュー作だ。