今月のイチオシ本【デビュー小説】
アーネスト・クラインの小説をスピルバーグが映画化した「レディ・プレイヤー1」が全世界で大ヒット中だが、ゲーム(とそれにハマる人々)の光と闇をあますところなく描く点では、藤田祥平のデビュー長編『手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ』の方が遥かに上だ。著者は91年、大阪生まれの元ゲーマー。
〈この小説は、基本的に、電気信号についてのお話である〉と語り手が言うとおり、物語は、"私"こと祥平がゲームボーイ版のポケモンを遊んでいた5歳のエピソードに始まり、(短い中断期間を除いて)ひたすらゲームとともに人生の軌跡をたどってゆく。本文にいわく、
〈あのすばらしいビデオゲーム、『ポケットモンスター』の冒頭は、自分の部屋でゲームをプレイしている少年の絵からはじまる。驚くべきことに、プレイヤーはキイを押し込むと、絵のなかの少年を自由に動かすことができる。その瞬間、少年が自分自身の写し身であることを、すべてのプレイヤーが悟る。世界を区切るゲームシステムの壁が阻むまで、プレイヤーは上下左右の四方向のいずれかへと、彼自身を導く〉
このようにして"世界"を発見した5歳の"私"は、ゲーム内の母親の台詞に啓示を受ける。「そうね おとこのこは いつか たびにでるものなのよ」
本書は、その長く苦しい"旅"で味わった体験(ゼロ年代半ばから10年代前半が中心になる)を描く自伝的青春小説。登場する実在の多人数同時参加ゲーム、「Wolfenstein: Enemy Territory」(枢軸国と連合国に分かれて戦うFPSシューティング)と「EVE ONLINE」(遠未来の宇宙が舞台のRPG)のことを僕はまるで知らなかったが、本書を読むだけで現実以上に生々しくゲーム世界を体験できる。カート・ヴォネガットがドレスデン爆撃の体験から『スローターハウス5』を書いたように、藤田祥平は自身のゲーム体験からこの小説を書いた。こんなに胸に刺さるゲーム小説はかつてない。人生の多くをゲームに捨ててきた(でも「レディ・プレイヤー1」には熱狂できない)すべての人に、本書を贈りたい。
〈「STORY BOX」2018年6月号掲載〉