『光のとこにいてね』一穂ミチ/著▷「2023年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR
武勇伝はなにもない
「作品の裏話を」という「小説丸」編集部からのお題を前に、何日も書きあぐねています。
いえ、編集部が期待していることは分かるのです。編集者が作家と出会い、原稿を依頼し、本が出来るまでには種々のドラマがあるはずだ、と。分かってはいるのですが、できずにいます。なぜなら、私にそんなドラマは一つもなかったからです。
私が本作を担当することになった理由はシンプルで、前任者の異動でした。彼から引き継ぎを終えたのは、全ての原稿が揃ってから。だから本来、本稿を書くべきはその前任者かもしれません(彼は『スモールワールズ』の刊行前から一穂さんに原稿を依頼していたし、連載も最後まで伴走しました。編集者としての「功」も「労」も彼にあります)。身も蓋もない言い方ですが、私の場合、傑作は気づけば目の前にあったのです。
引き継いでからの本作りにしてもそうでした。
デザイナーには「大久保(明子)さんに全てお任せします」と言っただけですし、カバーに使わせていただいたマツバラリエさんのオブジェを撮り下ろすスタジオでも、デザイナーやカメラマンの深野未季さんが素晴らしいアイディアをポンポン出してくれるなか、私がしたことと言えば、「いいですね! 最高!」と騒いだことくらい。私に起因するドラマ(あるいは武勇伝)は一つもありませんでした。
プロモーションや営業・販促活動でもやはりそう。それぞれの担当者が自発的に出してくれた提案を私はなんとかこなしていった、というのが実際のところです。
いや、お前ももっと頑張れよ、というご指摘はその通りですが、『光のとこにいてね』は刊行後、大きな反響をいただきました。それはとりもなおさず、本作に人と人の心を動かす力が宿っていたからだと思います。デザイナーもカメラマンも、プロモーション担当も営業担当も、私の想像を軽く上回る、プロの仕事をしてくれました。私はただ、皆が気持ちよく仕事ができるようにすれば良いだけでした。
担当作に大きな反響があると、編集者は己の武勇伝を語りがちですが、長く文芸編集に携われば携わるほど、ひとりの編集者に出来ることなどそう大きいものではないと痛感する毎日です。もちろん、そうでない凄腕の編集者もいるのでしょうが、やはり本当に大事なのは、作品の持つピュアな力だと本作を通して改めて思い知らされました。名作に接した時、人はそれぞれの立場で最高のパフォーマンスを自発的に発揮するものなのだ、と。物語の素晴らしさを、なんとかして誰かに伝えようと頭を悩ますものだ、と。あるいは名作とは、そう仕向けられる力を持つ物語のことを言うのかもしれません。
さらにその意を強くしたのは、刊行後の書店巡りをした時でした。お手製のポップやパネルはもちろん、こちらが思ってもみなかったような素晴らしい意匠で『光のとこにいてね』を店頭で魅力をアピールしてくれていたのです。書店員の皆さんもまた、本作に心動かされたのだと嬉しくなりました。
本屋大賞へのノミネートを機に、さらに多くの人が本作と出合い、きっと心動かされることだろうと思います。物語の生んだ感動の波紋がさらに大きく広がるように願い、書きあぐねたエッセイを閉じさせていただきます。
──文藝春秋 文藝出版局第二文藝部 M・T
2023年本屋大賞ノミネート
『光のとこにいてね』
著/一穂ミチ
文藝春秋
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