著述家・古谷経衡はこう読む!浅羽通明著『「反戦・脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか』

若手保守論客・古谷経衡が語る、「リベラルの弱さ」。リベラル系知識人の言動から敗北の理由を考察したその論考を知ることができる一冊を紹介します。

【書闘倶楽部 この人が語るこの本】

SEALDs創設者とも対論した気鋭の若手保守論客が語る

「現代の戦争」を知らずに反戦を唱えるリベラルの弱さ

著述家

古谷経衡

FURUYA Tsunehira

【PROFILE】1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。著述家。著書に『ヒトラーはなぜネコが嫌いだったのか』(コア新書)、『愛国ってなんだ 民族・郷土・戦争』(PHP新書)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮新書)など。

『「反戦・脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか』

反戦・脱原発

浅羽通明著

ちくま新書

本体860円+税

浅羽通明(あさば・みちあき)

1959年神奈川県生まれ。早稲田大学法学部卒業。著述業、「みえない大学本舗」主宰。『時間ループ物語論』(洋泉社)、『新書で大学の教養科目をモノにする 政治学』(光文社新書)など著書多数。

2012年夏には20万人の脱原発デモが、去年夏には12万人の反安保法案デモが国会前で起こった。だが、その盛り上がりにもかかわらず原発は再稼働し、法案は通り、しかも安倍政権の支持率は高い。これはリベラルの敗北である。

 本書はリベラル系知識人の言動から敗北の理由を考察した論考である。著者曰く、リベラルは敗北を直視せず、「バーチャルな脳内観念世界」へと逃げ込み、「デモのある社会になった」ことを勝利と称している、思想が宗教と化し、「原発止めろ」「戦争するな」「憲法守れ」といった言葉が単なる念仏やお題目になっている……。

 著者は挑発的で辛辣、ときに冷笑的な言葉でリベラルの抱える矛盾、欺瞞、劣化を炙り出す。

 気鋭の若手保守論客・古谷経衡氏はこれをどう読んだか。

(インタビュー・文 鈴木洋史)

――著者はリベラルでもなく保守でもない「封建主義者」を自称し、通常の「右」とは異なる立場でリベラルを批判しています。

古谷 僕は安保法案に賛成で、微温的な安倍政権支持者です。だからというわけではありませんが、「我が意を得たり」です。その一方、著者の姿勢に共感できず、SEALDsの奥田愛基さんらを擁護したい気持ちも起こりました。

――賛同するのはどの部分ですか。

古谷 まず「リベラル系知識人はセカイ系だ」と看破した点ですね。日常を生きる普通の主人公がある日突然、危機に立たされた世界を救う救世主となるのが「セカイ系」と言われる物語の系譜で、アニメだと『新世紀エヴァンゲリオン』や『コードギアス』『交響詩篇エウレカセブン』が典型。それに倣えば、デモ参加者たちは戦争の危機から日本を救う主人公のつもりなんですかね。「セカイ系」の特徴は、平穏な日常と「最終戦争」との間に中間過程がないことです。現実世界では、唐突にヒトラー政権が誕生するのではなく、画家志望だった青年の挫折からはじまり、一次大戦とミュンヘン一揆、ナチ党内部の抗争などといった中間過程がある。でも、リベラルは法案ひとつ通っただけで、すぐにでも安倍さんがヒトラーのような独裁者になり、どこかに戦争を仕掛け、徴兵制を復活させる、などと話を進めるわけです。中間過程を無視した荒唐無稽な言説です。

――確かに「セカイ系」じゃない人にはピンときませんね。

古谷 ただ「セカイ系」は右にもいるのです。ある自衛隊関係者から聞いた話ですが、3・11のとき右系の知人が彼に電話をかけてきて「自分に一個大隊を任せて欲しい。東北を救うために俺が出る」と言ったそうです。「ただの市民が日本を救う」。これは右版のセカイ系ですね。

――著者は、朝日新聞などのリベラル系メディアは何十年も前から、ことあるごとに「この法案が通ったら日本の民主主義は死に、戦争が始まる」と煽ってきた「オオカミ少年だ」と批判していますね。

古谷 それに関連して、著者が触れていないことを指摘すれば、リベラルは「安倍は戦争をやりたがっている」と批判する割には自衛隊の装備など軍事知識に疎すぎです。例えば1998年に「おおすみ型」輸送艦が就役したとき、見た目が全通甲板(甲板が艦首から艦尾まで平らであること)だから、すわ「空母だ」と言い立て、「侵略の準備だ」などと騒ぎました。しかし、甲板に耐熱処理を施しておらず固定翼機の離着陸は不可能です。格納できるLCAC(エアクッション艇)も2隻だけで、その定員は五十人程度。一個小隊程度の人数でどうやって他国を侵略するのか。日本は戦略爆撃機も原潜も中距離弾道弾も保有していません。F︲35の調達も予定通り行くかどうか……。装備を仔細に検討すれば、専守防衛すら危ういというのが僕の考えです。また、社民党は一昨年、「あの日から、パパは帰ってこなかった」という赤紙を連想させるポスターを作って集団的自衛権に反対しましたが、先進国の潮流は徴兵廃止です。リベラルはいまだに70年前に終わった日米戦争を想定しているようですが、今後あんな総力戦を日本が戦うことはあり得ません。現代戦の主役はドローン(無人機)とサイバー空間です。反戦を唱えるなら、もっと現代戦を研究し、それを抑止するためにはどうするかを考えるべきでしょう。

――著者は本書の最後のほうで〈リベラル派が「言葉への信頼」を腐らせている現状〉を指摘したい、と述べています。

古谷 リベラルはよく「安倍はヒトラーだ」と言いますが、成蹊学園から内部進学した温和な安倍さんは、良くも悪くもヒトラーほどの大物ではない。僕からするとヘスやボルマンですらない。そうやってすぐ「ヒトラー」を多用し、言葉をインフレさせるので、言葉の信頼性がなくなるのです。

――著者の姿勢に共感できなかった部分とは?

古谷 著者は最初のほうで「楽しさを強調し、敷居を低くしないと人が集まらないデモではダメだ」と批判していますが、奥田さんたちはそんなことを言われなくても承知のはずです。また、奥田さんたちのデモには勝つための戦略がないと批判していますが、負けると分かりつつも気持ちを抑えきれないという……まあパッションとでも言いましょうか。それが周囲に伝わり、あそこまでの広がりを持ったと思います。「勝つための最強メソッドを俺は知っている」と言われても虚しいです。僕は自分の著書の中で奥田さんと対談したことがあるので余計に思いますが、彼は中学で不登校になり、全寮制のキリスト教系高校に進み、震災のときには被災者を支援し、映画を制作するなど「才能豊かな変人」です。僕と政治的立場は違いますが、彼のように既存の常識の枠外にいる人を僕は評価します。著者はそうした人を突き放していますが、それは寛容さに欠けるのではないかと感じました。

(SAPIO2016年5月号より)

 

 

 

 

初出:P+D MAGAZINE(2016/04/08)

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