【意外性に満ちた名作!】本好き美女が、福永武彦の『海市』を読む。|文芸女子#4
本が大好きな美女をクローズアップ!ストーリーの意外性にすっかり魅せられてしまったという、「ちあみ」さんに、福永武彦の『海市』を読んで、感想文を書いてもらいました。知的美女の彼女が、この作品から感じたものとは?
現役慶應義塾大学生のちあみさんをCLOSE UP!
―自己紹介をお願いします。
みなさん、はじめまして。ちあみです。
東京都出身、11月22日生まれの20歳です。血液型はA型。
趣味は、競技ダンスと、茶道です。そしてやっぱり、「読書」です!
大学での研究も始まって、あまり好きなことに時間を割けないのですが、常に1冊は本を
読み進めています。月に5冊くらいは読むかな?
―現在大学3年生とのことですが、どんなことを勉強していますか?
文学部人文社会学科西洋史学専攻で、19世紀のヨーロッパ、特にドイツに
興味があります。
最近読んで面白かった本も、『ビスマルク―ドイツ帝国を築いた政治外交術』という本なんです。彼になぜ、ドイツ帝国創設が可能であったのか、そしてなぜ当時の国際政治を主導することができたのかを、様々な側面から解き明かす作品です。
―好きな作家と作品について教えてください。
武者小路実篤の、『友情』です。大好きな作品です。
―読書するときに、心がけていることは何ですか?
新書を読んだら次は小説、というように、ジャンルが偏らないようにしています。でも実際は小説に偏りがち。本は、文学部の友達に薦められて読むことが多いです。
―インタビューより
とにかく勉強熱心なちあみさん。学業にも、趣味にも、全力投球。そのはつらつとしたところが魅力的です!
そんなちあみさんが、P+D BOOKSより発売中の、福永武彦『海市』を読んで、感想文を書いてくれました。現役の慶應生ならではの、知的かつ情感豊かな文章を、ぜひ読んでみてください!
この作品の魅力が、手に取るように伝わってきますよ。
福永武彦『海市』を読んで
たった今『海市』を読み終えて、私はものすごく後悔しています。みなさんにも同じ後悔を味わって欲しくないので、どうかお願いです。この本を読む前に私の文章を読まないでください。( 本を紹介する文章なのに矛盾していますね…笑 )
私はこの本を担当することになってすぐ、原稿が届く前にあらすじを調べてしまいました。この物語は張り巡らされた伏線の上に成り立っています。全てがラストに繋がっているのです。こんなに計算高く組み立てられた作品は初めて読みました。ゴールが見えないまま手探りで読み進めた方が楽しめます。絶対に。
物語は妻子持ちで抽象画家の澁太吉が、伊豆への旅行中、蜃気楼の見える岬で一人の女性に出逢うところから始まります。二人は惹かれ合い幾度となく肉体関係を重ねるのですが、安見子と名乗るその女性は急に澁の前からいなくなります。東京に帰ってから彼女は、彼の親友、古賀の妻として彼の前に姿を現すのです。
一言で言うと不倫のお話です。そして私がこの作品を二字熟語で表すなら「巧妙」という言葉を用います。
主に主人公の澁太吉「私」の目線から語られるのですが、ひとつのアスタリスクを境にして視点が急に変わり、「彼」「彼女」という三人称で、物語の過去のことや澁の知らないところで起こっていることが描かれます。登場人物が少ないので、その「彼」や「彼女」が誰を表現しているのかある程度想像はできるのですが、様々な男女の恋愛感情が交錯してるので、この代名詞は一体誰なのかと、読者を迷路に迷い込ませるような技巧が施されています。けれどそれは読み進めていくとどこかで必ず明らかになり、一見それぞれが独立しているように見えるエピソードでも、全て物語の鍵となっているのです。
例えば、澁には戦時中にふさちゃんという結核を患った恋人がいて、彼女と情死するという約束を破った過去があります。これは物語のラストに、息子の手術を理由にして、古賀の家を飛び出した安見子と会おうと約束していた喫茶店に澁が出向かなかったことと重なっているのです。ふさちゃんは戦後持病が悪化して亡くなっているので、同じように澁に約束を破られた安見子も死んでしまうこと(この場合はおそらく自殺だが)が暗に示されています。
私にはもうひとつ作者の筆が巧みに光るのを感じた点があります。
自殺願望を持つ澁の妻、弓子とは対照的に、ヒロインの安見子は生へのエネルギーに満ちた明るい女性として描かれています。しかし、安見子は弓子よりもむしろ常に死のイメージを背負っていたように私は感じるのです。
男女の営みも、澁の目線から安見子の美しさに焦点を当てて、実に官能的に描かれていました。作者の福永は直接的な表現こそしなかったものの、彼女の美しさの中に死を彷彿とさせるものを散りばめていたのではないでしょうか。私は 「「かわいい」には死の要素はほぼない。「きれい」には少しある。「美しい」とは死と生の混濁だ。」という武盾一郎の言葉を思い出しました。
視点も時空も全く異なる糸を手繰り寄せていくと、一本の太い線になるという意外性。美しさについて読んでいるはずなのに、だんだんと死の予感を植え付けられていく不思議な感覚。これらは他の恋愛小説では味わえません。
貴方も福永マジックにかかってみませんか?
海市というのは蜃気楼という意味のようです。蜃気楼の中で二人が出逢う冒頭の場面は、主人公が生きる希望を見出せるきっかけと思いきや、二人の愛の悲しい結末(不倫がハッピーエンドだったら困っちゃいますけどね)、そして安見子の死への第一歩でした。小林明子さんの「恋に落ちて-fall in love-」を聴きながら読みたい一冊です。
文・ちあみ
おわりに
ちあみさんの感想文はいかがでしたか?
新鮮な驚きに包まれたちあみさんのリアルな感想がとても良く伝わってきますね。
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初出:P+D MAGAZINE(2016/06/28)