【クトゥルフ神話とは】初心者でもよく分かるクトゥルフ神話入門編
TRPGやライトノベルをきっかけに注目を集めている「クトゥルフ神話」。作者の素顔や作品の魅力、日本との関わりを解説します!
みなさんは「クトゥルフ神話」をご存知でしょうか。
「クトゥルフ神話」は、1920年代にアメリカの作家、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトによるホラー小説をもとに、クラーク・アシュトン・スミス、フランク・ベルナップ・ロング、クラーク・アシュトン・スミス、ロバートブロックをはじめとする作家たちが共通する人名や地名、書名で執筆したことが創始とされています。そしてラヴクラフトが亡くなった後、彼の意思を継いだオーガスト・ダーレスによって、それまでにラヴクラフトが発表した作品をまとめたほか、それらの作品をもとに登場する神々の設定などを集め、体系化したものが「クトゥルフ神話」です。
「クトゥルフ神話」は近年、TRPG(紙や鉛筆、サイコロなどの道具を使い、プレイヤー同士の会話を交えて遊ぶ対話型のロールプレイングゲーム)の題材として、またライトノベルやアニメなどのモチーフとして扱われたことから徐々に知名度を広げています。
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「クトゥルフ神話」は架空の神話ではありますが、さまざまな神々によって登場人物たちが恐怖にさらされていく過程が、おどろおどろしい雰囲気のもと描かれています。その作風は作品に登場する異形の存在“クトゥルフ”を崇める台詞からも大いに伝わることでしょう。
「いあ!いあ!くとぅるふ ふたぐん!」 訳:「ああ!ああ!偉大なるクトゥルフ様!」
そもそも「Cthulhu」という言葉の読み方も、ラヴクラフトが「一番近い発音は、舌先を口蓋に押し付けてCluh-Luhと、唸るように、吠えるように、咳き込むように言えばいいだろう」、「その言葉は自分の小説の登場人物による綴り方をそのまま記録しただけだ」と述べているように、作者自身もこれといった発音ができていません。この独特な言葉は、遥か昔、異星からやってきた神々が持ち込んだ言語であり、人間には発音できないという設定に基づいています。だからこそ、実は「クトゥルフ」も便宜上のものであり、正確な発音は誰ひとりとしてできないのです。言葉の読み方にも「クトゥルフ神話」の設定が盛り込まれているという摩訶不思議な世界観も、多くの人を惹きつける魅力のひとつです。
今回はそんな「クトゥルフ神話」について、作者の素顔や、日本の文化に多大な影響を及ぼしている点をご紹介します。
内輪ネタから「クトゥルフ神話」が生まれるまで。
「クトゥルフ神話」の創始者、ラヴクラフトは1890年、アメリカのロードアイランド州プロヴィデンスに生まれました。幼くして父親を亡くしたラヴクラフトは祖父の住む屋敷で育てられ、『アラビアンナイト』といった古典作品などを好んで読んでいました。豊かな読書経験を積んだラヴクラフトは6歳の頃にはすでに創作を行うなど、幼いながらも才能を発揮していったのです。
しかし、やがて祖父の死をきっかけにラヴクラフトを取り巻く環境は一転します。祖父の屋敷を失い、生活への不安を感じたラヴクラフトは、夜な夜な悪夢に悩まされるようになるのでした。 将来への不安を抱えたラヴクラフトは、科学に救いを求めるようになります。その中でも特に天文学に没頭したラヴクラフトは、天文学をテーマとした雑誌を自費出版しただけでなく、地元新聞に天文学のコラムを連載していました。果てしない宇宙への思いが、壮大な神々の世界を作り上げたのです。
その後、神経症から高校を卒業することも叶わなかったラヴクラフトは安価な文章添削の仕事を始めます。その中には覆面作家としての仕事もあり、満足に勉強ができなかったコンプレックスから自暴自棄になっていたラヴクラフトは再び創作の世界へと舞い戻ったのです。
そしてこの頃、ラヴクラフトはパルプ雑誌(※)『ウィアード・テイルズ』へ作品を投稿するようになります。ラヴクラフトはそこで1928年、後に「クトゥルフ神話」の代表作となる『クトゥルフの呼び声』を発表。異形の神々の存在をはじめとして奇妙な世界観をありありと描いたこの作品は、雑誌の読者たちを大いに夢中にさせました。
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彼は同じく小説を書いていた同業者たちや自らのファンとも積極的に文通をしており、自らが書いた作品の設定を誰かが使うことも大いに薦めていました。やがて文通相手同士の作品で、同じ名前のキャラクターや地名などを使うやり取りは非常に盛り上がりましたが、1937年にラヴクラフトは病に倒れます。
ラヴクラフトの死から「作品が世に埋没してしまう」という危惧を持ったのが、彼を師と慕う作家、オーガスト・ダーレスでした。ダーレスはラヴクラフトの作品を出版するための出版社“アーカム・ハウス”を設立します。そしてダーレスはラヴクラフトたちによる一連の作品を再編した後、それらを原点となった『クトゥルフの呼び声』から「クトゥルフ神話」と名付けました。
今日、多くの人を魅了してやまない「クトゥルフ神話」は、当初ラヴクラフトを中心とする作家同士の内輪ネタにしか過ぎませんでした。単なる大衆向け雑誌の作品として忘れられるかもしれなかった作品を、彼の意志を受け継いだダーレスが後世に広く伝えたからこそ、「クトゥルフ神話」があるといっても過言ではないのです。
※粗悪な紙に印刷された大衆向けのもの
「クトゥルフ神話」のキーワード、宇宙的恐怖
ラヴクラフトは自身の作品を「宇宙的恐怖」と表現していました。宇宙的恐怖とは、「あまりにも人智を凌駕した、広大で虚無的な恐怖の前では人間の価値観など何の価値もない」といった恐怖感のことを指しています。それまでホラー小説で恐怖の対象として描かれていたものといえば、吸血鬼や狼男でしたが、ラヴクラフトの作品にはそのような使い古されたようなモチーフは出てきませんでした。むしろ、立ち向かうこともためらわれるほどの、得体の知れない神々が次々と登場していたのです。
では、実際に作品の大まかなあらすじを追ってみましょう。
「クトゥルフ神話」の原点ともいわれている『クトゥルフの呼び声』は、主人公の“ぼく”が不審死をとげた大伯父の遺品から謎の粘土板やノートを発見するところから幕を開けます。その粘土板には、古代文字と得体の知れない生物の姿が刻まれており、ノートの表紙には『クトゥルフ教のこと』という聞き慣れない言葉が記してありました。
ノートには、ある日、突如として大伯父のもとを謎の青年が訪れた事柄が綴られていました。青年は持参した石版に刻まれた古代文字の解読を、古代文字の研究を行っていた大伯父に依頼します。また、青年は大伯父に夜な夜な見る奇妙な夢のことを話します。興味を持った大伯父は、いつしか青年が夢に見たイメージを記録することになるのでした。
どれもが断片的なものであったが、積もり積もって膨大な量になった。粘液をしたらせる巨大な石材から成る巨人族の大都の光景。その地下から、単調な響きで聞こえてくる譫言としか受け取れぬ謎めいた声。なかに頻繁に繰り返される二つの音があって、それを文字に移しとると<クトゥルフ>と<ル・リエー>の二語になるのだった。
『クトゥルフの呼び声』より
やがて「港から帰路につく間、海員らしい人物と衝突した直後、その場で昏倒して亡くなった」という大伯父の死因に疑問を持った“ぼく”は調査を始め、ついには大伯父の記録にあった“クトゥルフ”とは、海底に沈んだ古代の都市ル・リエー(ルルイエ)に封印されている太古の地球を支配した神々であることを知ります。同時に、人間が知るべきではない禁忌に触れたことから、自らの命が長くないことを知るのでした。
このように、「クトゥルフ神話」では理解の範疇を超えるほど強大な神々を前に、人間が狂気に追いやられていく様子が描かれるのが定番の流れとなっています。
そんな人間を恐怖に陥れる“クゥトルフ”は、「タコに似た頭部と無数に生えたイカのような触手、鉤爪のある腕とコウモリに似た羽根を持ち、緑色の鱗に覆われた姿」として描かれています。この他にも半魚人に似た種族が登場しますが、これらの造形にはラヴクラフトの嗜好が大きく関係していると考えられています。幼少時より母親に溺愛されていたラヴクラフトは、チョコレートやアイスクリームといった好物ばかりを食べて育った結果、海産物を嫌悪していました。そのため、ラヴクラフトにとって嫌悪の対象でしかなかった海産物が自然と恐怖の対象のイメージとして作られていったのは自然なことなのでしょう。
日本人にとっての「クトゥルフ神話」。
日本で初めて「クトゥルフ神話」を大きく扱ったのは、あの江戸川乱歩であるとされています。乱歩は1948年、探偵小説雑誌「宝石」の連載においてラヴクラフトのことを紹介しています。
Howard Philips Lovecraft(1890-1937)はアメリカ大西洋岸北部、ニューイングランド地方のロード・アイランド州に生まれ、病身のため、一生をそこにとじこもって、恐怖、超自然の空想に耽って暮らした異常の作家である。(中略) 彼の作には次元を異にする別世界への憂鬱な狂熱がこもっていて、読者の胸奥を突くものがある。その風味はアメリカ的ではなく、イギリスのマッケン、ブラックウッドと共通するものがあり、或る意味では彼等よりも更らに内向的であり、狂熱的である。彼は天文学上の宇宙とは全く違った世界、即ち異次元の世界から、この世に姿を現わす妖怪を好んで描くが、それには「音」「匂」「色」の怪談が含まれている。
「幻影城通信」より
乱歩は実際にラヴクラフトの『ダンウィッチの怪』を読んでこの紹介文を書きましたが、「読者の胸奥を突くものがある」といった一文などから熱意が込められていることがうかがえます。当時すでに人気を博していた乱歩が生き生きとした文章で紹介したラヴクラフトには、日本でも多くの人が興味を持つようになります。
日本に持ち込まれた後、「クトゥルフ神話」は多くの作家によって翻訳されたほか、モチーフとしてさまざまな作品に取り入れられます。そのうちのひとつが栗本薫による伝奇SF小説、『魔界水滸伝』です。
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『魔界水滸伝』は神州・日本の神々、先住者の末裔として覚醒した人々が、地球を侵略しようとするクトゥルーの神々との戦いを繰り広げていく物語です。日本古来の神々と、海外の異文化である「クトゥルフ神話」を混ぜ合わせながら滅びゆく人間たちをドラマティックに描いたこの作品は一躍大人気シリーズとなりました。
また、2009年に発売された逢空万太によるライトノベル『這いよれ!ニャル子さん』もまた、「クトゥルフ神話」をモチーフとした作品です。ある日、怪物に襲われそうになった主人公の八坂真尋を謎の少女“ニャル子”が助けたことから始まるギャグ作品ですが、ニャル子の他にも「クトゥルフ神話」に登場する神々が美少女に擬人化されている点が特徴です。
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このように、もとはホラー小説だった「クトゥルフ神話」は近年の日本において、“萌え”作品として新たな文化が作られている傾向にあります。
先述の通り、ラヴクラフトは海産物を神々の造形に利用しましたが、島国である日本にとって、海は恵みをもたらす存在だと古来より考える人も多くいます。さらに言えば、自然を含めさまざまなものに神が宿るとする日本人にとって、神はとても身近な存在。「困った時の神頼み」なんて言葉もある通り、日本人は畏怖しながらも、神はどこかで助けてくれるはずのものだと信じているのかもしれません。だからこそ、神は恐怖の対象よりも、好意が持てる、助けてくれるキャラクターと考えている日本では、「クトゥルフ神話」がホラー小説から萌え小説へとアップデートされたのも不思議ではないのです。
「クトゥルフ神話」は今も広がり続けている。
ラヴクラフトから始まった「クトゥルフ神話」の世界は、今もなおさまざまなクリエイターたちによって広がりを続けています。それは、「クトゥルフ神話」に魅力を感じた作家たちが、ラヴクラフトの功績が忘れられることのないよう作品を書き続けたからこそ。 重厚な世界観から、TRPGや小説に夢中になる人も続出している、「クトゥルフ神話」。あなたも名状しがたい恐怖に踏み込んでみてはいかがでしょうか。
初出:P+D MAGAZINE(2018/05/15)