森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』がアニメ映画化!その魅力に迫る。
2018年8月17日にアニメーション映画が公開される森見登美彦の小説、『ペンギン・ハイウェイ』。2010年には第31回SF大賞を受賞しているこの作品の魅力を解説します!
ぼくはたいへん頭が良く、しかも努力をおこたらずに勉強するのである。
だから、将来はきっとえらい人間になるだろう。
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森見登美彦の小説、『ペンギン・ハイウェイ』はこんな書き出しから始まります。この作品は小学4年生の少年、アオヤマくんが、突如町に現れたペンギンの謎を追いながら、ひと夏の不思議な体験をする物語。2010年には第31回SF大賞を受賞しています。
これまでの森見登美彦の作品といえば、京都を舞台に、男子大学生が奇想天外な騒動に巻き込まれる……というものが中心でした。そのため、郊外にある架空の町で、少年の冒険譚を描いている『ペンギン・ハイウェイ』は新鮮に感じられるでしょう。
まさに森見登美彦の新境地ともいえる『ペンギン・ハイウェイ』ですが、そのアニメーション映画が、2018年8月17日に公開されます。
蒼井優や西島秀俊といった豪華キャストが声の出演、スタジオジブリにアニメーターとして参加していた新井陽次郎がキャラクターデザインを、『四畳半神話大系』、『夜は短し歩けよ乙女』など森見登美彦原作アニメを手がけた上田誠が脚本を担当することも発表されています。
今回はそんなアニメーション映画の公開が待ち遠しい『ペンギン・ハイウェイ』の魅力を紹介します。
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町にペンギンが現れた?不思議な冒険の始まり。
物語は、主人公のアオヤマくんが妹と学校に向かう途中でペンギンの群れを見つけたことから動き始めます。
風が吹き渡ると、朝露にぬれた草がきらきら光った。キウキウキシキシと学校の床を鳴らすような音が聞こえてきた。広々とした空き地のまんなかにペンギンがたくさんいて、よちよちと歩きまわっている。
なぜぼくらの街に、ペンギンがいるのか分からない。
突如として空き地に姿を現したペンギンに、子どもたちは驚きます。大人たちはペンギンをトラックに乗せて移動させるも、目的地について荷台を開けたところ、ペンギンは一羽残らず消えていた……という奇妙な出来事が発生。数日後には再び街のあちこちにペンギンが出現し、やがて新聞でも一連の騒動が報じられます。
もともと、アオヤマくんには気になった事柄をノートに記す習慣がありました。アオヤマくんはそのノートに、妹やクラスで威張っているスズキ君を中心とした物事をはじめ、さまざまな研究の情報をまとめています。
その日、ぼくはノートを点検して、新しい索引をつけた。「ペンギン・ハイウェイ」という項目だ。これはペンギンたちに関するメモにつける。ペンギンたちが海から陸に上がるときに決まってたどるルートを、「ペンギン・ハイウェイ」と呼ぶのだと本に書いてあった。その言葉がすてきだと思ったので、ぼくはペンギンの出現について研究することを、「ペンギン・ハイウェイ研究」と名付けた。
やがてアオヤマくんは「ペンギンはなぜ出現するのか」「ペンギンはどこからやってくるのか」を研究することを決意します。
アオヤマくんは自ら「頭が良い」と自負する少年ですが、決して最初から天才的だったわけではありません。父親からの教えのもと、毎日気になったことをコツコツとノートに書き込み、日々研究内容を分析しながら今に至った、言わば「努力型の天才」です。語り口こそ達者ではありますが、興味を持った物事には懸命に打ち込める素直さを持った少年なのです。
現在、大人である人々にも、かつてはアオヤマくんのように、目に映るものすべてが真新しく思える頃があったはず。成長した後、単純に見えてしまうものでも、当時は新しい発見があれば「世紀の大発見」にさえ感じられた……などという思い出がある人も多いのではないでしょうか。
アオヤマくんと同じ小学生はもちろん、幼い頃にさまざまな物事に興味を持っていた人は強く共感できるはずです。
『ペンギン・ハイウェイ』を作った『ソラリス』。
「ねえ、兄さん」
少年がふいに小さな声で言い、ほっそりとした腕を上げて、見えないヨーヨーを弄ぶような仕草をした。
「父上が昔、僕に言ったよ。こうして一冊の本を引き上げると、古本市がまるで大きな城のように浮かぶだろうと。本はみんなつながっている」『夜は短し歩けよ乙女』より
森見登美彦の著書『夜は短し歩けよ乙女』には、このような台詞が登場しますが、森見氏は自分の著書についてこう語っています。
登美彦氏の書いた本で、世界のどの本にもつながっていない本というものは存在しない。
『ペンギン・ハイウェイ』という本も、いろいろな本につながっている。森見登美彦のブログ(2010年6月16日の投稿)より
『ペンギン・ハイウェイ』誕生のもとになったのは、アゴタ・クリストフが戦争の経験をもとに書いた『悪童日記』、世界各国で何度も映画化されているエーリッヒ・ケストナーの『エーミールと探偵たち』をはじめとする作品の数々。
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なお『ペンギン・ハイウェイ』は、スタニスワフ・レムの『ソラリス』を読んだ感動から生まれ落ちた作品であって、『ソラリス』がなければ『ペンギン・ハイウェイ』はなかった。
森見登美彦のブログ(2010年12月7日の投稿)より
『ペンギン・ハイウェイ』という作品の誕生そのものに関わったとされる『ソラリス』は、世界中の言語で翻訳されたほか、これまでにも二度に渡って映像化された作品です。
主人公のクリス・ケルヴィンは不可思議な“海”で覆われた謎の惑星、ソラリスの調査に赴いた心理学者。クリスは既にソラリスの調査にやってきた研究者たちが精神的に不安定であることを知り、その原因を突き止めようとします。やがてクリスの前には、自殺したはずの恋人のハリーが姿を現しますが、この現象についてクリスは「ソラリスを覆う“海”は生命体であり、人類の深層意識をもとにコミュニケーションをとろうとする試みなのではないか」という仮説を立てます。
『ソラリス』のクリスのように、アオヤマくんが人間の理解を超えた現象を調査しようとする点や、不思議な“海”が原因となり、不可解な出来事が起こる点からは、まさに大きな影響を与えられていることがうかがえます。
人類と“海”が生み出す謎の生命が出会う“ファーストコンタクト”を描いたふたつの作品。『ペンギン・ハイウェイ』を観る前に触れておけば、より一層作品の謎が解けるヒントになるかもしれません。
あこがれの“お姉さん”との関係
研究のため、常に頭をフル回転させているアオヤマくんには糖分が不可欠。つい甘いお菓子を食べ過ぎてしまうあまり、歯医者に通うことを余儀なくされています。
そしてその歯医者で働くお姉さんは、アオヤマくんにとって憧れの存在。アオヤマくんをからかったかと思えば、年上のお姉さんとして彼を翻弄する、つかみどころのない人物として描かれています。
ぼくは名探偵シャーロック・ホームズみたいに手を後ろで組んで、ゆっくり歩いた。空き地の向こうには歯科医院の窓が見えていた。ふいにお姉さんが窓から顔をのぞかせて、ニッと笑った。
彼女はぼくのことを「ナマイキ」と言う。ぼくが小学生だと思って、油断しているのだろう。ぼくが日頃の努力の結果、めきめきと頭角を現していることを知らないのだ。
「なめてもらっちゃ困るな!」とぼくはつぶやいてみる。
町に現れたペンギンについて議論を交わすふたりでしたが、ある日、お姉さんはアオヤマくんの目の前で放り投げたコーラの空き缶をペンギンに変えてみせます。驚くアオヤマくんを前に、お姉さんはこう言います。
「私というのも謎でしょう」
お姉さんは言った。「この謎を解いてごらん。どうだ。君にはできるか」
この日を境に、アオヤマくんの研究対象の中で「お姉さんとペンギン」は最優先事項となります。
子どもっぽい一面を見せたかと思えば、ミステリアスな表情を見せるお姉さん。アオヤマくんはそんな彼女に特別な感情を抱くようになりますが、それが恋心であることにはまだまだ気がつきません。そんなひと夏の甘酸っぱい思い出が詰まっているのも、『ペンギン・ハイウェイ』の魅力です。
仲間たちと挑む、さまざまな謎。
アオヤマくんは親友のウチダくんとともに「プロジェクト・アマゾン」と称した地図作りを行っています。途中、クラスメートで乱暴者のスズキくんからの妨害を受けつつ、冒険を続けるふたりは同じくクラスメートのハマモトさんとも親交を深めるのでした。
アオヤマくんとウチダくんが共通のテーマについて研究する一方、ハマモトさんも実はある不思議な現象について研究をしていたことが明らかになります。
そこはちょうど草原の真ん中だ。ハマモトさんが指さす先にはふしぎな透明の球体があった。ぼくらとの距離を考慮に入れると、その球体の大きさはおよそ直径五メートル。地上から三十センチメートルほど浮かんで静止していた。エンジンのようなものを使って浮かんでいるのではなかった。というのは、何の物音もしなかったからだ。そのふしぎな物体は太陽の光を反射して、静かにきらきらしているだけなのだ。
透明の不思議な球体を「海」と名付け、その存在を隠し通していたハマモトさん。やがてアオヤマくんとウチダくんを交え、「海」の研究を始めた彼ら。“海”の近くにパラソルや椅子を持ち込み、おやつを食べたりする様子は大人顔負けの研究こそしているものの、なんとも微笑ましい展開です。
お互いの見つけた不思議を独り占めするのではなく、協力しながら全てを明らかにしようと奮闘する3人。秘密を共有しながら、夏休みに普通の小学生たちが得難い冒険をする姿には胸を打たれること間違いありません。
研究を通し、クライマックスでお姉さんの正体を見破ったアオヤマくん。彼を待っていたのは、果たしてどんな展開だったのか。その結末はぜひ劇場に足を運んで観てみてはいかがでしょうか。
少年が出会う、ひと夏の冒険を描いた『ペンギン・ハイウェイ』
アオヤマくんはやがてペンギンとお姉さんの関係を明らかにしますが、その行動がもたらしたのは思いもよらぬ出来事でした。その結末をハッピーエンドととるか、バッドエンドととるかはあなた次第です。
森見登美彦の新境地であるとも言える『ペンギン・ハイウェイ』。映像化により新たな魅力が加わるのが今から楽しみですね。
初出:P+D MAGAZINE(2018/07/31)