【著者インタビュー】佐藤卓『大量生産品のデザイン論 経済と文化を分けない思考』

グラフィックデザイナーとして、「ロッテ キシリトールガム」や「明治おいしい牛乳」など、誰もが目にしたことのあるロングセラー商品を手掛ける著者。表面的なものではなく、本質そのものをとらえるデザイン観を語ります。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

誰もが知るロングセラー商品 そのデザインの秘密を初公開! ビジネスマン必読の思考法

『大量生産品のデザイン論 経済と文化を分けない思考』
大量生産品のデザイン論 経済と文化を分けない思考 書影
PHP新書 860円+税
装丁/芦澤泰偉+児崎雅淑

佐藤卓
著者_佐藤卓
●佐藤卓(さとう・たく)1955年東京都杉並区生まれ。東京藝術大学大学院修了。電通勤務を経て、1984年、佐藤卓デザイン事務所設立。「ロッテ キシリトールガム」「明治おいしい牛乳」など数々のデザインを手がける。「デザインの解剖」プロジェクトや、NHK Eテレの「にほんごであそぼ」アートディレクション、「デザインあ」の総合指導にも携わる。著書に『クジラは潮を吹いていた。』など。「21_21 DESIGN SIGHT」館長。166㎝、62㌔、B型。

デザインが「商品に付加価値をつけるオシャレなもの」という認識は間違い

コンビニやスーパーに置かれる身近な日用品。グラフィックデザイナーの佐藤卓氏は、ふだんなにげなく使っている大量生産品のデザインにこそ、そのスキルを投入してきた。「ロッテ
キシリトールガム」。「明治おいしい牛乳」。「エスビー食品 SPICE&HERB」。
いずれもロングセラーで、店舗の棚で強く自己主張するわけではないのに、ふと手に取ってみたくなるものばかりだ。ただ、そう言われなければ同じデザイナーが手がけた商品だとは気づかないかもしれない。
〈自分がつくったデザインが、私の作品であるという認識は、まったくありません。クライアントであるメーカー、その彼らがどんなものを求めているのか、その想いを形にしているのであって、自分が勝手に生み出したものではないからです〉
佐藤氏のような著名なデザイナーが〈無名性〉を尊ぶとはどういうことなのか。

デザイン家電やデザイナーズマンション。デザインを付加価値とみなして強調する、最近はやりの言葉の使われ方に、佐藤氏は〈とても憤りを感じています〉と書く。
「だって、デザインされていない家電やマンションなんてないんですから。デザインがオシャレでカッコイイものだという認識が一般にあるからなんでしょうが、それは間違いだと私は思っています」
表面的なものではなく、本質そのものととらえるデザイン観は、本のこんな一節に表れる。
〈その商品の価値は、すでにそこに存在しているのです。私の役割は「見つけて」「引き出して」「つなぐ」こと。まだ誰も発見していなかった、そこに内在されている魅力を見つけて、引き出して、デザインのスキルでつないでいく。もっとはっきり言うならば、デザインは決して「付加価値」をつけるものではないのです。「価値はすでにそこにある」のですから、その価値をピックアップして生かすのがデザインであって、デザインによってそのものの価値を上げようなどとは思ってもいません〉
父もグラフィックデザイナーで、佐藤氏が小さいころは自宅に仕事場があった。東京藝術大学にできたばかりのデザイン科に進み、大学院修了後は電通に入社する。3年で退社するが、電通時代に始めた、ニッカ・ピュアモルトの商品開発とデザインを独立後も手がけ、注目を集める。
デザインした〈大量生産品〉のひとつに、「ロッテクールミントガム」がある(現在はデザイン変更)。もともとのパッケージにあったペンギンを5体、ガムの側面に並べ、2番目のペンギンにだけ小さく手を挙げさせて、従来の商品のファンに向けた物語性をひっそりしのびこませた。
〈今までのデザインの中にあった「財産」はすべて残す〉のが流儀である。長く市場で流通することを期待される商品だからこそ、それまでのファンも大切にしつつ新規の顧客を開拓しなければならないというのだ。

やりとりを通じ価値を引き出す

組織の外側にいて商品の価値を見つけて引き出すためには、開発にかかわる人たちに〈話を聞くこと〉もデザインにおける重要なプロセスである。同時に、自分のアイディアをわかりやすく説明することも大事で、〈インタラクティブなやり取り、コミュニケーションが大切〉だと説く。
「私が出たのは美術系の大学なので、『われわれは言葉ではなく絵やビジュアルでコミュニケーションをするのだ』という風潮があったんですけど、世の中に出ると、『うーん、何だかわからないな。他の案ないの?』と言われてしまう(笑い)。なぜこうなるのかきちんと話さないといけないと気づいて、積極的に話すようになりましたね」
自分と異なる意見を聞くのも面白いことだと言う。
「私がいいと思うのとは違う案をクライアントが選んだら、なぜそう思うかを聞く。相手の価値観がだんだん見えてくれば、じゃあ、こうすればどうですか? って。そうやって、少しでもいい方向に持っていく」
デザインに制約があれば、なぜその制約があるのかを理解する。内部まで掘り下げるそのデザイン観から生まれた企画のひとつが「デザインの解剖」プロジェクト。「ロッテ キシリトールガム」やレンズ付きフィルムの「富士フイルム 写ルンです」などをテーマにした展示で、プロダクトデザインの必然性を解明した。
デザイン専門の美術館「21_21 DESIGN SIGHT」には三宅一生氏らとともにディレクターとして立ち上げからかかわり、昨年には館長に就任している。
〈デザインとは、一言でいえば「気を遣う」ということ〉だと考える佐藤氏は教育にも力を入れる。〈デザインマインドが必要のない職場、人間関係などない〉〈どうすればストレスなく物事を動かせるのか、どうすれば優しく人に伝えられるか、そういうことはすべて「デザイン」だからです〉
NHK Eテレの「にほんごであそぼ」にアートディレクターとして参加、デザインをテーマにした画期的な子ども番組「デザインあ」も企画するなど幅広い活動を続けている。
「日常的なもので、デザインがかかわらないものって何ひとつないんです。『デザインの解剖』や『デザインあ』もそうした活動のひとつですが、もっともっと、デザインの面白さを伝えたいですね」

●構成/佐久間文子
●撮影/三島正

(週刊ポスト 2018年3.16号より)

初出:P+D MAGAZINE(2018/07/31)

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