忘れてはいけない「平成」の記億(1)/宮内庁編修『昭和天皇実録 全十八巻』
平成日本に生きた者として、忘れてはならない出来事を振り返る特別企画。
武蔵野大学特任教授の山内昌之が「いちばん平成の時代らしい書物」として挙げるのは、『昭和天皇実録』です。宮内庁により、平成2年から平成26年まで24年間をかけて編修された実録には、日本の政治や社会、文化までもが記述されています。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け! 新年スペシャル】
山内昌之【武蔵野大学特任教授】
昭和天皇実録 全十八巻
宮内庁編修
東京書籍
各1890円+税
【「昭和天皇」という歴史】平成に生きる歴史家としての責任感が見せた意地
いちばん平成の時代らしい書物は『昭和天皇実録』ではないだろうか。本実録の叙述スタイルは、昭和天皇一代の歴史を扱っている点で断代史のカテゴリーに入るが、全体として「帝紀」や「
紀事本末体の重要例は、宮内庁長官富田朝彦の拝謁を受けた昭和六十三年四月二十八日条の記述である。これは、宮内記者会の質問に「なんといってもいちばんいやな思い出」は第二次世界大戦だと答えた二十五日条記載の発言に関係するものだ。
これに続いて、靖国神社のA級戦犯合祀と自らの参拝について「述べられる」と、実録は具体的な内容に触れずに、発言した事実自体を認めている。そのうえで実録は、「なお」という但し書きを使って、平成十八年七月二十日に日本経済新聞が「富田長官のメモとされる資料」を報道した事実に触れた。昭和天皇が靖国参拝について長官と会話した事実を記録する昭和六十三年の箇所に、時系列では遅い平成十八年の報道事実を合わせて記録したことになる。
これは宮内庁修史官の史料に対する一つの姿勢を示している。ここでは、単純な編年体叙述でなく、靖国参拝に関連する事柄について紀事本末体をとることが適当だと判断したのだろう。ただし、富田メモでの天皇発言の内容については、一切触れられていない。古典的に言えば正史ともいえる昭和天皇実録への記録には、複数の文書や証言がなければ、一史料を直ちに平成時代の重要な政治外交トピックを左右しかねない叙述に使わないという慎重さの表れであろう。それと同時に、紀事本末体で事実を記録したのは、平成に生きる歴史家の責任感も帯びた修史官がぎりぎりで見せた意地だったのかもしれない。
(週刊ポスト 2019.1.4 年末年始スーパーゴージャス合併号より)
初出:P+D MAGAZINE(2019/03/19)