私の本 第8回 池上 彰さん ▶︎▷03

「この本のおかげで、いまの私がある」をテーマに、池上彰さんにお話を伺ってきました。貴重なお話も、いよいよ最終回です。

 池上さんの行きつけの書店は、棚を見れば時代の最先端を定点観測できるそう。膨大な書籍の海のなかで、どこに目をつけていらっしゃるのでしょうか。効率的な情報収集の方法から、小説を読むことで得られる効能まで、熱く語っていただきました。

私の本 第8回 池上 彰さん ▶︎▷01

キャスターになり、「わかりやすさ」とは何かを考える

 NHK社会部で記者をしていた私が突然、夜8時45分からの『首都圏ニュース』でキャスターをやれ、と言われたのは30代後半のことです。

 それまでは自分で原稿を書き、リポートもしていましたが、初めてキャスターとして他の記者の原稿を読む立場になって、もう愕然としました。

「なんてわかりづらい原稿なんだろう」「面白い話が、どうしてこうもつまらなくなってしまうのか」と。

 当時の私はデスクも兼ねていたので、原稿を書き直せる立場でした。アナウンサーも一般の記者も原稿に手を入れることはできなくて、デスクだけがその権限を持っているんです。

 そうやって原稿を直すうちに、長い文章は短くするとわかりやすくなると気付きました。接続詞を多く使うと繋がっているように見えるけれど、真に論理的な文章には接続詞は必要ないとも知りました。

 このころから、「わかりやすさ」とは何かについて考えるようになったのです。

「こどもニュース」のお父さん役が現在の解説力の礎に

 それでも本来は記者ですから、やはり現場に戻って取材がしたいと報道局の上司に言いました。その希望が叶って『首都圏ニュース』を降りたころに、ちょうど『週刊こどもニュース』という番組がスタートすることになりました。

 家族形式でニュースを伝える、そのお父さん役を誰にしようかということになり、結果的に私が選ばれたのです。

池上彰さん

 初めて聞いたときは心底、驚きました。私にも、現場に戻って実績を積み、いずれ解説委員になりたいという野心のようなものも正直、まだありました。

 でも、「おまえはNHKのニュースがわかりにくいと文句を言っていただろう。それならわかりやすく自分でやってみろ。この番組なら現場にも行ける」と言われて、「確かにそうだ」と引き受けることにしたのです。

 現在やっているテレビの解説番組では、この経験が大変に生きています。いわば『こどもニュース』の大人バージョンと言えるわけです。

書店にはつねに足を運び、国際社会や経済の動向を把握

 いま家では、新聞14紙に目を通しています。新しいニュースを読むと、記者は理解して書いているかもしれないけれど、読者は絶対にわからないという部分が必ず見つかります。そうすると「しめた」と思って、「じゃあ、そこを解説しよう」となるわけです。

 私が何か新しい出来事について学ぶときは、まずインターネットで大まかな知識を得て、それから専門書を読みます。

 書店に行き、関連本を何冊も買って、それに片っ端から目を通していくんです。そうすると、種となった本は結局1冊か2冊だとわかります。あとは、その信頼できる種本を精読していくのです。

 よく「フローとストック」と言いますが、テレビや新聞で日々流れているニュースはフローなんですね。それでわからなかったり、引っかかったりしたものをインターネットや本で調べるとそれがストック、つまりは自分の蓄積になります。

 よく足を運ぶ書店は、自宅近くの八重洲ブックセンターや丸善丸の内店です。丸善の1階は国際関係や経済の本、ビジネス書が充実しているので、その棚を見れば丸の内のビジネスパーソンたちがいまどんな本を読みたいと思っているのか、そういう人向けにどんな本が出版されているのかがわかります。ビジネスの最先端の定点観測ができるわけです。

 書籍の購入代金は、月に数万円ほど。つねに本屋に行っているから、新刊が出るとすぐにわかります。新しいものをチェックするだけなので、書店の滞在時間は短いですよ。

本の効用は、精神の自由を獲得すること

 本には、効用があります。そのひとつは、本が逃げ場所になるということです。

 会社でパワハラやセクハラなどのつらいことがあったら、書物に逃げればいい。小説のなかであれば、自分がヒーローやヒロインにもなれます。中学生もそうですが、いじめられて自殺するのは、逃げ場所がないからです。学校でいじめられると、親にも先生にも言えなくて、追い詰められてしまう。

 つらいときは本へと逃避して、心の傷が癒えるのをそっと待てばいいと私は思います。

池上彰さん

 さまざまなことを疑似体験できるのも、本の長所のひとつです。誰もがいろんな経験をしたいという願望は持っているけれど、なかなか思うようにはいかないですよね。ひとつの会社で生涯を終える人も多いでしょうし、基本的に配偶者もひとりです(笑)。

 でも、小説のなかであればいろんな体験や冒険をして、知らない社会をかいま見ることもできる。職場を舞台にした池井戸潤さんの小説が人気なのも、そういった側面があるからではないでしょうか。

 そしてもっとも大切なのは、読書により私たちは精神の自由を獲得できるということです。「リベラル・アーツ」というのはギリシャ、ローマ時代に源流を持つ理念で、幅広い知識を身につけることで、違うアプローチ法や考え方を理解できる力のことを指します。

 世のなかがどうなっているか、人間とは何か、自分はいま歴史のどういう位置にいるかを本を読むことで知り、自らを客観的にみつめる視点を持つこと。

 それにより、がんじがらめにひとつの価値に縛られるのではなく、人間として他の生き方だってできるんだ、ここから飛び出してもいいんだ、もっと自由な発想ができるんだということを、まざまざと知るのです。

 リベラルとは、自由という意味です。書物とはそういう価値や精神に気づくチャンスを与えてくれる、かけがえのないものだと思っています。

〈貴重なお話はこれで終わりです〉

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池上彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、73年にNHK入局。報道局社会部記者などを経て、94年4月から11年間にわたり、『週刊こどもニュース』のお父さん役を務め、わかりやすい解説で人気を集める。2005年NHKを退職し、フリージャーナリストに。名城大学教授、東京工業大学特命教授。東京大学、愛知学院大学、立教大学、信州大学、日本大学、順天堂大学などでも講義を担当。主な著書に『そうだったのか! 現代史』『伝える力』『池上彰の学べるニュース』などがある。

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