おばあちゃんとは言わせない! ファンキーな老女がヒロインの本6選
孫でもない人から「おばあちゃん」呼ばわりされるのを嫌う女性は多いものです。日本の従来のおばあちゃん像といえば、家事の知恵袋を持っているとか、孫の世話が生きがいといったイメージでしたが、本当にそれだけでしょうか? 歳を重ねた女性が生きることの生々しさ、スゴさを描いた小説、エッセイを紹介します。
佐藤愛子『九十歳。何がめでたい』~きれいごとは一切なしの毒舌っぷりに、胸がすく~
https://www.amazon.co.jp/dp/4093965374/
おばあちゃん、元気で長生きしてくださいね、なんて心にもないことを言うなっ! 日本のほっこりかわいいおばあちゃん像はすでに供給過多。それなら私はズケズケ物言う意地悪バアサンを通してやる! とでも言うような、佐藤愛子の意気込みが感じられる一冊です。
なぜか私は声が大きい。その上よくしゃべる。そのため他人は私を元気なばあさんだと思い込む。九十を過ぎて何が困るといって、これが一番困るのだ。仕事を依頼されても、もうそんな余力はない。散々働いてきたのだ、身体の方々にガタがきているんです、というのだが、なかなか信じてもらえない。
というのも声が大きいためであることに気がついて、なるべく弱々しく応答することにしたのだが、それでもしつこくいい募る人がいて、ああいえばこう、こういえばああ、と攻防戦をくりひろげるうちに、だんだん地声が出てきて、ついには凛々たる大声になり、
「お元気じゃないですか!普通の方より声に力があります」
いわれてあっと気がつく。慌てて小声にしても時すでに遅し。
「佐藤さん、お幾つになられました?」と訊かれて答えようとすると、ボケかけている脳ミソを絞らなければならない。これからお嫁に行くとか、子供を産む人には年は大切かもしれないが、今となっては九十一でも二でも三でも、どうだっていいよ! と妙なことでヤケクソ気味になるのである。
他にも、最近の性能の良い車が音も立てずに、後ろから近寄って来るのに対し、「すわ、忍者か幽霊かっ!」とツッコミを入れてみたり、女子アナの舌っ足らずな拙いしゃべり方にイラついてみたり、ちょっとしたことでもすぐスマホで調べる癖のついた若者に、「日本人総アホ時代の到来」だと息巻いてみたりと、日々のめまぐるしい怒りの感情がエッセイ執筆の原動力になっているようです。
抱腹絶倒、読み終わればなぜか元気が湧いて来る。90歳の老女を励ますどころか、逆に励まされる一冊です。
佐野洋子『死ぬ気まんまん』~ガン宣告されたその日に、全預金をはたいて外車を買う~
https://www.amazon.co.jp/dp/4334766463/
『100万回生きたねこ』で有名な佐野洋子が、突然の末期ガン宣告を受けた。彼女は百万回生きることを願うどころか、積極的な治療をあっさり放棄します。これは、彼女が自身の余生を冷静な筆致で綴った最期のエッセイです。
ガン再発の告知を受けた日、病院帰りに近くの車屋に行った。イングリッシュグリーンのジャガーがあった。私は、「それ下さい」と言って買った。チビチビ貯金も死ねばいらないのである。ガンになってすぐすっぱり煙草をやめる人がいるが、私は相変わらず、一日中、人に本数を言えないほどエントツ状態である。
中古の外車に乗る奴は貧乏くさくて嫌いと言って憚らない佐野洋子。清水の舞台から飛び降りるような気持ちで新車のイングリッシュグリーンのジャガーを買い、貯金が底をつきた著者は、長生きすれば予定が狂って医療費が支払えないので、むしろ“死ぬ気まんまん”だと言ってのけます。そして、煙草を片手にジャガーをぶっ飛ばして、元気に(?)通院する毎日の始まりです。
また、大ファンであるジュリーのコンサートに行ってキャーキャー騒ぐミーハーっぷりは、死ぬ間際になっても健在で、もうすぐ死ぬっていうのに、こんなんでいいのか私、と自分にツッコミを入れる始末。大切に集めてきた高価な着物には、たいして執着せず、全部友人たちにぽんぽん分け与えるといった気前のよさも持ち合わせています。
私はガン闘病記が嫌いだ。ガンと壮絶な闘いをする人も大嫌いだ。死にたくないって泣くのはみっともない。私はお世辞が言えない。口がくさるようなのだ。人にきらわれているだろうなあ。
ガン闘病記につきものの、お涙頂戴うすっぺらい感動物語には、寒気がするという著者。残された時間を「しみじみ」ではなく「生き生き」過ごす、新時代のパンクな闘病記です。深刻さや哀しみに耽溺することなく、自分を突き放して記す客観性から、そこはかとないユーモアが生まれている一冊です。
柚木麻子『マジカルグランマ』~私のこと、おばあちゃんって呼ばないでちょうだい!~
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柏葉正子は74歳元女優。彼女には口ぐせがありました。
私はあなたのおばあちゃんじゃ、ありません。正子さんって呼んでちょうだい
元女優だけあり、実年齢より若く見えることを誇りにしている正子は、ばあちゃん扱いされるのが何よりも嫌なのです。
正子は女優復帰を果たそうと、密かにいろいろなオーディションを受けるも、落ちてばかり。その理由を、友人は、正子の中途半端な若作りにあると分析。茶色に染めている髪を思い切って白髪にし、老け作りに徹したら再ブレイクするのでは? とアドバイス。そして、美容院でホワイトブリーチなる施術をしたところ、「妖精みたい」、「ユニコーンみたいで超ユメかわいい」と、図らずも若者からも支持されるようになったのです。
そして、白髪になった正子に大きな仕事が舞い込んできました。それは、携帯電話会社のCM。正子は若手イケメン俳優・俊の祖母という役どころで、最初はスマホに興味がなかったが、孫の俊から使い方を教わり、俊から送られてくる部活の動画を見て「ちえこばあちゃんは、俊ちゃんの顔が見られれば、十分。他にはなーんにもいらないの」と言う設定。けれど、正子は内心ケッと思っています。
嘘っぽいわ、と、初めて台本に目を通した時、正子は意地悪な気持ちでくすくす笑った。正子がよく知る、同世代の女たちは、みんな自分たちの暮らしで手一杯だ。もっとしたたかに頭脳戦を生きていて、金銭感覚が研ぎ澄まされている。情報にも機械にも強い。「ちえこばあちゃん」に余裕があるのは、よっぽど豊かな暮らしをしているか、ボケ始めているかのどちらかだろう
孫から送られてくる動画だけが楽しみ、他には何もいらないなんて、そんなほっこり系のばあちゃんは、もはや天然記念物ということです。実際のばあちゃんはもっと欲があって生々しいもの。正子はお金のためにCM出演をOKしましたが、私生活でも「ちえこばあちゃん」のイメージを損ねないような言動を事務所から強制され、辟易する毎日です。
マジカルグランマ(理想のおばあちゃん)像をどんどん崩して突き進む正子の痛快劇の続きは、ぜひ本作でお楽しみください。2019年上半期直木賞候補作にもなりました。
井上荒野『静子の日常』~おばあちゃんの知恵と行動力は、あなどれない~
https://www.amazon.co.jp/dp/4122056500/
夫に先立たれて以来、息子夫婦と孫娘と同居する75歳の静子は、上品でおっとりしていて、時折ズレた言動で周りを和ませる穏やかな老婦人……に見せかけて、実は、最近の息子の浮気をすべてお見通し。
愛一郎は、一ヵ月ほど前から様子がおかしい。嫁の薫子が気づいているかどうかはわからないが、静子には、愛一郎が隠しごとをしているのが、ありありとわかる。夫の十三の場合は電話だった。いつも電話を気にしていて、電話の半径一メートル以内を人工衛星みたいにぐるぐる回っているような感じだったが、愛一郎の場合はパソコンなのだった。
けれど、息子を直接問い詰めたり、嫁に告げ口をするといった野暮を働く静子ではありません。静子は、新聞の集金に来る青年にパソコンの使い方を教わり、息子・愛一郎のパソコンを開くことに成功。愛一郎が出会い系サイトに入り浸っていること、そこで知り合ったHANAKOなる女性とデートする日時と場所を突き止めます。
愛一郎は、ハンドルネームHANAKOとともに、四谷のイタリアンレストランに座っている。母親の声が聞こえた気がした。愛一郎はぐるっと顔を回して、戦慄した。向こうの隅のテーブルに座っているのは、僕の母親だ。一人でよそいきの着物を着て、にこやかに料理の注文をしている。愛一郎は動揺した。静子のほうを窺わずにはいられない。静子は、まったくこちらを見ない。あまりにもまったく、意図的に思えるほど、こちらに顔を向けない
後日、家の中で顔を合わせても、母の方からその話題を持ちかけてくるわけでもなく、愛一郎は、あれは偶然鉢合わせただけのことだと自分を納得させ、性懲りもなく浮気を続けようとします。静子は、今度は嫁・薫子へ、差出人不明のこんな手紙を書き送るのです。
薫子様 ぜひ一度、お目にかかってお話ししたく思います。十月×日、新宿K書店の「医学」の棚の前で
静子は、十月×日、新宿K書店で、息子が愛人と待ち合わせしていることを知っていて、あえて嫁にこんな手紙を出しました。薫子は、不審に思いながらもK書店へ。するとそこには夫・愛一郎が。薫子は、夫が手の込んだ方法で妻をデートに誘い出そうとしたと勘違い。愛一郎は、愛人とのために予約しておいた高級レストランに、妻を連れて行かざるを得ない状況に追い込まれます。もちろん、愛人には愛想を尽かされて、泣く泣く浮気は終了。愛一郎は、すべて母が仕組んだ罠だと、ようやく思い当たり、「母さんはあなどれない」と観念するのです。
意外な知恵と行動力で誰も傷つけずにこの問題を解決し、また元通り澄まして暮らす静子には、思わず脱帽です。
若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』~結局、「おひとりさま」が一番気楽で一番いい~
https://www.amazon.co.jp/dp/4309026370/
桃子さんは74歳。15年前夫・周造に先立たれ、10年前オレオレ詐欺に引っかかって250万円を盗られ、子どもとも疎遠、親しい友もなく、一軒家に一人暮らし、強いて同居人といえば天井裏のネズミ。世間一般から見れば、哀れな独居老人というくくりになりそうですが、当の本人はそうでもないようで……。
おらは周造の死を喜んでいる。そういう自分もいる。それが分がった。隠し続けてきた自分の底の心が、浮上したんだなす。不思議なもんだでば、心ってやつは。周造は惚れぬいた男だった。それでも周造の死に一点の喜びがあった。おらは独りで生きでみたがったのす。思い通りに我れの力で生きでみたがった
この年代の多くの女性に違わず、長年夫に尽くす生き方をしてきた桃子さん。最愛の夫の死にはむろん悲しみはつき物でしたが、一方では(夫には悪いが)今が一番気楽でいいというのも隠さざる本心でした。
ラジオからジャズが流れた。格別ジャズに詳しいというわけでもない。それでも自然に手が動き、足が床を踏み鳴らし、腰をくねらせ、気が付けば狂ったように体を動かしていた。ジャズの律動と桃子さんのドタバタが相呼応した、勝手きままのどでなし踊り。体をがむしゃらに動かすと熱くて息苦しくて一枚また一枚と服を脱いで、真新しい仏壇の前で、真っ裸で踊っていた日を桃子さんは忘れていない。
家人がいては到底叶うことのない裸踊りの解放感、よく、「故人の仏壇の写真の前では恥ずかしい行いは出来ない」などと言いますが、この場合も、やはりそれに当てはまるのでしょうか。いいえ、むしろ写真の中の周造は、そんな桃子さんを微笑ましく見守っているはずです。
タイトルの東北弁、「おらおらでひとりいぐも」は、もとは宮沢賢治の詩、「永訣の朝」の一節「自分はたった一人で死んでゆく」の意味でしたが、作者はそこから転じて、「たとえひとりでも自分は自分の道をゆく」という意味にしたといいます。
「桃子さん」同様、早くに夫を亡くした著者。『文藝春秋』2019年9月号にて、本作執筆の動機を“夫がくれた独りの時間を絶対に無駄にしない。ならば子供の頃からの夢を実現しよう”と思ったと語っています。「おひとりさま」を肯定、いや推奨してくれる桃子さんに勇気づけられる第158回芥川賞受賞作です。
木村紅美『雪子さんの足音』~個人主義の若者に物申す。土足で立ち入って何が悪い?~
https://www.amazon.co.jp/dp/4062209837/
若者のやり方には余計な口出しをしない。そんな物分かりのいいお年寄りが好かれる昨今において、本作のヒロイン・川島雪子はその正反対をゆく絶滅危惧種のような人物です。70歳の雪子は高円寺の家賃5万円のアパートの大家。善意の押し売りのような雪子は、頼まれもしないのに下宿人にお節介を焼きまくる。ある日、男子大学生の湯佐薫が郵便受けを開けると……。
一万円札の入ったぽち袋と便箋が出てきた。
〈以前より痩せてきたようで心配しております。試験勉強も小説の執筆も体力が必須でしょうから、これで精のつくものでも食べてください 川島〉
すぐに返しに降りた。
「困ります、これ」
「わたしには孫がいないから、孫にあげるお小遣いのつもりで」
「たまにごちそうしてもらえるだけでじゅうぶんというか」
「お気に召さないのなら、言い方を換えましょうか。わたしは若い芸術家志望者のパトロンになりたい。わたしのささやかな望みをかなえてもらえませんか」
小説家志望の薫は大学に通いながら原稿を書いているのですが、雪子は「将来立派な作家先生になる」と盲目的に信じて疑わず、夏目漱石の『坊っちゃん』に出て来る女中の「清」ばりに、薫を猫可愛がりします。
雪子の余計なお世話は日に日にパワーアップし、薫の留守に部屋へ勝手に入って掃除をしたり、風邪を引くと部屋へお粥を「出前」したり、大学の単位は取れているかと親よりもうるさく聞いてきたり、挙句は、恋人とデートして夜遅くに下宿に帰ると、ネグリジェ姿で待ち構えているという始末。最初は「孫ごっこのバイトのつもり」と割り切って雪子に付き合っていた薫も、ついにウザさがピークに達し、「人情を売りにするなんて、今どき流行らない。今後、そっとしておいてくれないのなら、この下宿から出て行く」宣言をします。そこで初めて、薫は、暴力的なまでの好意の押しつけをする雪子に、実は下心があったことを知るのです。雪子の本心を知った時、読者も少し胸が痛くなる、それは、行き過ぎた個人主義社会に雪子が疑問を投げかけているように感じられるから。2019年度、吉行和子主演で映画化された話題作です。
おわりに
6人のパワーあふれる老女に登場してもらいましたが、あなたは誰に共感しましたか? 本を開けば、こんな風に歳を重ねたい! と思えるヒロインに出会えるはずです。
初出:P+D MAGAZINE(2019/10/22)