【「ロマンスドール」映画化】映画監督・小説家タナダユキのおすすめ作品
2020年1月に公開され、話題を呼んでいる映画『ロマンスドール』。原作は、タナダユキによる同名の小説です。今回は『ロマンスドール』を中心に、タナダユキによるおすすめの小説作品を3作品紹介します。
2020年1月から、高橋一生と蒼井優が主演を務めた映画『ロマンスドール』が全国公開されています。
本作は、ひとりのラブドール職人と、彼がひと目惚れした女性との10年にわたる恋愛を描いた型破りなラブストーリー。原作の小説を書き下ろしたタナダユキ自らが脚本・監督を務めるということでも大きな話題を呼びました。
本作の監督のタナダユキは、脚本家・小説家の顔も持つ実に多才な人物です。今回は映画化された『ロマンスドール』を中心に、タナダユキが書き下ろした3冊のおすすめ作品のあらすじと読みどころをご紹介します。
ラブドール職人とそのモデルの純愛のゆくえ──『ロマンスドール』
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4041026415/
映画化で話題となった『ロマンスドール』は、タナダユキによる2009年(※2008年に雑誌「ダ・ヴィンチ」で連載、2009年に単行本化)の小説です。前半部分は雑誌「ダ・ヴィンチ」にて連載され、後半は書籍のための書き下ろしという形で発表されました。
本作の主人公は、美大の彫刻科出身の哲雄という男。フリーターをしていた25歳のとき、大学の先輩だった人物から、“技術を活かせて食える仕事がある”ととある仕事を紹介されます。その仕事こそが、ラブドールを制作するドール職人でした。先輩に言われるがままにドール工場を訪れた哲雄は、ラブドールが並ぶ光景を初めて目にし、あっけにとられます。
マネキンか何か作る工場だろうかと思い眺めていたのだが、見れば見るほどおかしな感じがした。マネキンにしては人形の肌に妙な光沢があり、そしてなぜか立っている姿ではなく、手足を曲げている姿で仰向けに置かれてあったからだ。小さなベッドのような台の上にのせられた無数の人形。足は少し開き気味、手は空をさまよっている。まるで何か大切なものを求めて止まないのに何もつかめないような哀切さはあった。だがじっと見ていると、その格好が不気味であると同時になんとも間抜けに思えてきた。
「何すか? これ」
たまらず先輩に聞いてみる。
「ドールっつうんだよ」
最初は戸惑ったものの、ラブドールをつくる造型師を職にすることを決断した哲雄。もともとの凝り性もあり、哲雄はしだいにラブドールの開発に熱中していきます。
造型師になって2年ほどが経ったころ、哲雄はシリコン素材を使ったよりリアルなドールを開発するため、「医療用の人工乳房をつくる」という嘘の目的を伝え、女性の生身の体を使って型をとることとなります。そして、乳房の型をとるためにモデル事務所から派遣されてきた園子という美しい女性に、哲雄は恋をしてしまうのです。
石膏が乾くと、作業は無事終了した。パカリと石膏を外すと、彼女は気持ち良さそうに伸びをした。なんだかもう、裸ということはあまり恥ずかしくないみたいに。そしてチラリと自分の胸元を見ると、
「あ、あせもができちゃった」
と屈託なく笑った。
僕は、彼女のことを好きになってしまった。
その後、哲雄のストレートなアタックが功を奏し、恋人として付き合うことになる園子と哲雄。ふたりはやがて幸せな結婚をし、哲雄のラブドールの事業もそのリアルさが評価され、順調に伸びていきます。しかし哲雄は、自分が本当は人工乳房の開発ではなくラブドールの造型師をしているということを、ずっと園子に言い出せずにいました。そんな中、ふたりは徐々にすれ違うようになり、園子も哲雄に対しある“秘密”を抱えるようになります──。
ラブドール職人とモデルの女性との恋愛という設定だけを聞くと、どこか世俗的で即物的なイメージを抱く方が多いかもしれません。しかし本作が描いているのは、マンネリ化してきてしまったカップルの関係性やそれを乗り越えるための葛藤、セックスレスとどう向き合うかなど、とてもシリアスで身近な問題です。
哲雄と園子の物語は、涙なしでは読めない切なすぎるラストを迎えます。純愛と性愛は別物と考えがちだけれど、果たしてそうだろうか──? と自分に問いかけたくなるような、刺激的な感動作です。
「百万円貯めては旅に出る」ことを決めた女性の数奇な半生──『百万円と苦虫女』
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4344418077/
小説『百万円と苦虫女』は、2008年にタナダユキが脚本・監督を務めた映画のノベライズ版です。映画版は「苦虫女」こと鈴子を蒼井優が演じたことでも話題を呼びました。
物語は、主人公の鈴子が囚人として拘置所に入れられているという衝撃的なシーンから始まります。
看守は一定のリズムを保ちながら、拘置所の門へ歩いて行く。グレーのパーカーに、小さな花柄のスカート。白いスニーカーに、肩からショルダーバッグをたすき掛けにし、鈴子はずるずると看守について行く。看守は門の横の小さな出入り口を開けると、鈴子のほうへ向き直った。
「もう二度と、こんなとこ来るんじゃないぞ」
(中略)
「すいませんでした……」
一礼して扉から出ると、背後で扉が閉められる音がした。
釈放され、とぼとぼと歩いてゆく鈴子。彼女が21歳の若さで突如“前科者”となってしまったのは、ある男性とのルームシェアがきっかけでした。
鈴子はもともと、バイト仲間のリコとふたりでルームシェアをすることを約束していました。しかし入居直前になって、リコが「実は彼氏の武も一緒に住む」と告げてきたにも関わらず、リコと武はあっさり破局してしまいます。それによって鈴子はなぜか、リコの元カレである武と同居をすることになってしまうのです。
武の横暴な性格に苛立ちを募らせながら同居を続けていた鈴子。ある日、鈴子が拾ってきた捨て猫を武が勝手に捨て、それによって猫が死んでしまったことを知った鈴子は、激怒して武の家財道具をすべて捨ててしまいます。
無事に同居も武との関係も解消された──かと思いきや、武はなんと、「鈴子の捨てた家財道具の中に百万円が入った黒いバッグがあった」と訴え、警察に取り調べを依頼するのです。嘘がつけない性格の鈴子は「もしかしたら黒いバッグもあったかもしれません」と馬鹿正直な証言をし、結果的に器物損壊罪で勾留されてしまいます。
人を信じられなくなった鈴子はその後、自分を前科者にしたきっかけである“百万円”という金額を貯金の際の目標とし、百万円を貯めては縁のない街に引っ越す──という数奇な暮らしを始めます。そして、新しく暮らす街でさまざまな職業や人との出会いを経験し、旅を続けていくのです。
本作の最大の魅力は、滑稽なほど不器用すぎる鈴子の生き方と、そんな鈴子が自分の生き方を貫き続け、周囲の人間を変えていくことの力強さです。知らない街、知らない人々に揉まれながら生きてゆく鈴子の姿を見ながら、自分も鈴子と同じく日本中の知らない場所を旅しているような気持ちになる方は多いはずです。
殺人事件の加害者遺族と被害者遺族の心は通うのか?──『復讐』
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4103338318/
『復讐』は、タナダユキが2013年に発表したサスペンス小説です。
物語は、北九州の小さな街に赴任してきた舞子という教師の女性と、舞子の生徒である祐也という少年の出会いから始まります。教室では明るく人気者で優等生として振る舞う祐也を、どこか危なっかしく感じ、いつも目で追ってしまう舞子。
あるとき、舞子は祐也が幼いころに弟を凄惨な殺人事件によって亡くしていることを知ります。実は舞子にも、自分の実の兄が15歳のときに殺人事件を起こしたという過去があり、ふたりは自らが別々の殺人事件の被害者遺族と加害者遺族であることを知るのです。
被害者遺族と加害者遺族という立場は一見遠すぎるようですが、舞子と祐也にはそれぞれに怨嗟とやり場のない怒り、そして悲しみを抱えながら生きているという大きな共通項がありました。ふたりはしだいに心を通わせてゆき、お互いの苦しみを理解し合える関係となっていきます。
祐也は弟を殺した犯人に復讐をすることを考え続けていますが、舞子が殺人犯である兄に対し
最も死んで欲しくて、なのに絶対に死なせてはいけない人だった
という複雑な思いを抱いていることを知り、考えを徐々に変えてゆきます。
本作は、『ロマンスドール』や『百万円と苦虫女』のようなキャッチーなテーマのタナダユキ作品に触れてきた方が読むと、同じ作者の作品とは思えないほど重い話だと感じるかもしれません。本作は、ワイドショーやニュースで凄惨な事件を見てもどこか他人事としてその事件を消費してしまいがちな私たちに、被害者/加害者遺族にとってのひとつの事件の重みと、それゆえに“復讐”に向かってしまう心の弱さ、痛ましさをストレートに呈示してきます。
おわりに
『ロマンスドール』のような官能的・刺激的なテーマの作品に注目が集まりがちですが、『百万円と苦虫女』のようなほのぼのとしつつも芯のある作品や『復讐』のようなシリアスな作品など、幅広い作風を自由自在に操り続けているタナダユキ。テーマがキャッチーなものであれ素朴なものであれ、人の心の機微を丁寧にすくいとるような繊細さがその最大の魅力です。
映画『ロマンスドール』をきっかけにタナダユキ作品に興味を持ったという方は、ぜひ今回ご紹介した3冊から、彼女の小説に手を伸ばしてみてください。
初出:P+D MAGAZINE(2020/02/05)