【一首を完成させろ!】「こわい短歌」クイズ
“怖い歌は必ずいい歌”と現代口語短歌の旗手・穂村弘は言います。今回は、どこかに“恐ろしさ”のエッセンスを感じる現代短歌の名歌4首を、クイズ形式でご紹介します。
ぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわ(中澤系)
父の小皿にたけのこの根元私のに穂先を多く母が盛りたる(中山雪)
これらの短歌を鑑賞するとき、1首目の歌には一読しただけで背筋がヒヤッとするような感覚を覚える方が多いのではないでしょうか。一方の2首目は、“私のに穂先を多く”盛りたる母のやさしさをほのぼのとした母性の表れと捉える方もいれば、家族が大人になってもごく当たり前に野菜の美味しい部分を娘に分け与え、固い部分は父の皿に盛るという習慣的な行為に、母という役割の恐ろしさや残酷さを感じる方もいるかもしれません。
このように、程度の差はあれど、短歌にはときどき“恐ろしさ”というエッセンスが加わることがあります。そして、そのエッセンスは短歌をより魅力的なものにします。
楽しい歌がいい歌とは限らない。悲しい歌がいい歌とも限らない。でも、怖い歌は必ずいい歌。不思議ですね。
──『短歌ください その二』より
現代口語短歌の旗手、穂村弘はかつて“怖い歌は必ずいい歌”と言いました。今回は、現代短歌の名歌の中から、どこかゾクリとさせられるような“こわい歌”をクイズ形式でご紹介します。
【クイズの答え方】
短歌の空欄に当てはまる言葉を考えて、正しい1首を完成させてください。
【第1問】
【問題】次の短歌の空欄に当てはまる言葉を考えて答えてください。
〇〇でない駅員のこゑがする駅はなにかが起きてゐる駅
答え:録音
【解説】
録音でない駅員のこゑがする駅はなにかが起きてゐる駅(本多真弓)
私たちが暮らす社会では基本的に、なんの事件も起きていない平和なときには、駅のスピーカーから録音されたアナウンスのみが流れています。駅員の肉声が絶えず聞こえているときというのはすなわち、事故や事件といった“なにかが起きてゐる”ときなのです。録音された人の声のほうが“日常”、肉声のほうが“非日常”になっているという現代社会の中の小さな倒錯を鮮やかに切り取った、静かな恐ろしさを感じさせる1首です。
右利きのひとたちだけで設計をしたんだらうな自動改札
など、作者である本多真弓の短歌には、日常生活の中のささやかなねじれに注ぐ眼差しが文明批評につながっているような歌が多く見られます。
【第2問】
【問題】次の短歌の空欄に当てはまる言葉を考えて答えてください。
◯◯◯◯◯◯一基建設予定地として東京都千代田区永田町
答え:原子力発電所
【解説】
原子力発電所一基建設予定地として東京都千代田区永田町(辰巳泰子)
一読して衝撃を受ける短歌です。原子力発電所が絶対に安全かつ必要なものであるというのなら、日本の政治の要の地である“東京都千代田区永田町”を建設予定地にすることもできるだろう──とこの歌は語りかけています。これは2011年の原発事故以前に作られた短歌ですが、この一首の本当の“恐ろしさ”は原発事故を連想させる点にあるのではなく、実際には永田町が建設予定地になることは絶対にないという事実そのものに由来しているようにも感じられます。
同様の発想の歌として、前衛短歌運動を率いた歌人のひとりである塚本邦雄の
さみだれにみだるるみどり原子力発電所は首都の中心に置け
という1首があります。
【第3問】
【問題】次の短歌の空欄に当てはまる言葉を考えて答えてください。2か所の空欄には同じ言葉が入ります。
「〇〇をもらいました!もっと〇〇をください!」と迫り来る少女たち
答え:元気
【解説】
「元気をもらいました!もっと元気をください!」と迫り来る少女たち(九螺ささら)
音楽鑑賞やスポーツ観戦を通して、“元気”というものが人に与える・人からもらうものだと捉えられるようになったのはいつ頃からでしょうか。 “元気”や“希望”、“勇気”などをアーティストやアスリートたちの活躍からもらっている人は実際にとても多いでしょう。しかし、それらを見たり応援したりする目的そのものが“元気をもらう”ことにすり替わってしまったとき、この歌の“少女たち”のような無邪気かつ強引な言葉がテレビ画面の向こう側にいる彼らを追い詰めることは、容易に想像がつきます。一見ユーモラスでありながら、冷たい批評性を持った一首です。
【第4問】
【問題】
次の短歌の空欄に当てはまる言葉を考えて答えてください。
夜の雪を映せる硝子 〇〇のために近づく人の息を思うも
答え:拉致
【解説】
夜の雪を映せる硝子 拉致のために近づく人の息を思うも(佐佐木幸綱)
“夜の雪を映せる硝子”というロマンチックな歌い出しを裏切るような展開が印象的な1首です。この歌の主体は、窓ガラスに映った美しい雪を見ながら、拉致という事件をこれから起こそうとしている加害者の心境を想像してしまいます。息を殺して背後から相手に近づこうとしている人の緊張感がこちらまで生々しく伝わってくるような、想像力を駆り立てられる歌ではないでしょうか。
あ、ほら、島から不知火が見える ように私に加虐欲あり(坂井ユリ)
また、他の歌人によるこの1首は、従軍慰安婦問題をテーマにした連作『おもき光源』の中の歌です。この歌の中で、作中主体は女性の体を持つ存在として痛ましい性被害について思いを馳せる立場でありながらも、同時に、自らの内側にある他者への“加虐欲”のたしかな存在にも、不意に気づいてしまいます。“あ、ほら、島から不知火が見える”というどこか他人事めいた言葉から“加虐欲”へと切れ目なくつながるスピード感が、人はいつどんなできごとの加害者になってしまうかわからないという事実を浮かび上がらせます。これらの歌は、歌人たちの持つ想像の力を痛感させられるような強さと生々しさを持っています。
おわりに
魅力的な短歌はときに、読み手である私たちの視野を一気に広げ、世界の見え方を大きく変えてしまうようなある種の力を持っています。私たちはそんな短歌に出会ったとき、これまでに考えもしなかった世界が1首を通じて立ち上がってくるのを感じ、その世界の奥行きを見て“こわい”と思うのかもしれません。
初出:P+D MAGAZINE(2020/06/11)