【著者インタビュー】寺地はるな『水を縫う』/姉のウエディングドレスを縫う男子高校生とその家族の物語
刺繍や縫い物が好きな高校生<清澄>は、姉、母、祖母との四人暮らし。姉の結婚が決まり、ウエディングドレス作りを買って出たものの……。読み終えたとき、あたたかさがあふれ出してくる家族小説!
【大切な本に出会う場所 SEVEN’S LIBRARY 話題の著者にインタビュー】
家族とは? 普通とは? 注目を集める作家が描く、生きづらい世の中を生きる 私たちの背中をそっと押すあたたかで力強い物語。
『水を縫う』
集英社 1600円
刺繍や縫い物が好きな高校生の清澄は、学習塾に就職した姉、市役所勤めの母、裁縫の得意な祖母と暮らしている。離婚した父とはあまり会っていない。姉の結婚が決まり、清澄はウェディングドレス作りを買って出たものの、姉の希望通りのものが縫えず‥‥。章ごとに語り手が入れ代わり、それぞれの秘めた思いが明かされる。落涙必至の家族小説。
寺地はるな
●TERACHI HARUNA 1977年、佐賀県生まれ。大阪府在住。会社勤めと主婦業をしながら小説を書き始め、2014年の『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞してデビュー。著書に『大人は泣かないと思っていた』『正しい愛と理想の息子』『夜が暗いとはかぎらない』『わたしの良い子』『希望のゆくえ』など。
いやな目に遭ったときに「いやだった」 と言える世界であってほしい
家族の本音は一緒に住んでいてもわからないものだ。寺地はるなさんは、章ごとに語り手を代えて家族の物語を書いた。
「男の子はこういうもの、お母さんはこうするべき、というように、年齢、性別、立場によって課されるものは変わってきます。普通を押し付けられる息苦しさを書きたかったので、いろんな世代、性別の人が語るようにしました」
高校生の
寺地さんの9才の息子も、「男の子なのにピンクのTシャツなんだね」と声をかけられたし、かわいい筆箱を持っていたら、5年生くらいの女の子に「これは女の子のだよ」とたしなめられた。
「その子は周りの大人の価値観によって、そういう感覚を持つに至っているわけです」
清澄の母親のさつ子も「手芸なんかやめとき」と言う。学校でいじめられたら困るからだ。「普通の男の子」みたいにスポーツに打ち込んでくれた方が、本人はともかく母親が安心していられる。
「私も息子がいいようにさせようと思っていても、心配はしますね。へんな目立ち方するのかなあと。失敗しないように先回りして、『やめとき』と言いそうになることは何度もあります」
幸い清澄は手芸をやめることなく姉のウェディングドレスを縫い始める。離婚した父親を巻き込み、寺地さんいわく「各自が形のないものを縫い合わせるようにして」家族の物語は結末へと進んでいく。
寺地さんが登場人物に向けるまなざしはやさしい。祖母の文枝は、心ない言葉に傷ついた経験がある。74才にして水泳に挑戦し、過去の傷から自分を解放していく姿が印象的だ。寺地さん自身、ここを読むたびに泣いてしまうという。
「生きていれば、どうしたっていやな目に遭うわけで、そのとき『いやだった』と言える世界がいいと思うんですね。他人の傷を軽視するのは、いちばんやっちゃいけないことのような気がします」
読み終えて本を閉じるとき、温かさがあふれ出してくる一冊だ。
素顔を知りたくて SEVEN’S Question-1
Q1 最近読んで面白かった本は?
レティシア・コロンバニ『彼女たちの部屋』です。フランスの女性会館という、貧困や暴力から女性を保護する団体を題材にした長編小説です。昨年出版された、同じ著者の『三つ編み』もよかったです。
Q2 新刊が出たら必ず買う好きな作家は?
朝倉かすみさん、井上荒野さんの作品は予約して買います。
Q3 よく見るドラマは?
今シーズンは自粛生活の影響で、テレビの前に座る時間がゼロになったので見ていませんが、シーズンに1つは見るようにしています。
Q4 最近気になっている出来事は?
同性のパートナーが遺族給付金を受け取れなかったという話には考えさせられましたね。明確な答えが出たわけじゃないんですけど。
Q5 趣味はありますか?
刺繍です。息子がTシャツに刺繍を入れてくれと言うんですよ。「お寿司がいい」と言うので、マグロと卵にしました。本当はエビとイクラがいいと言われたんですけど、その色の糸がなくて。
Q6 運動はしていますか?
していませんがニンテンドースイッチの、「リングフィット アドベンチャー」はやってます。
●取材・構成/仲宇佐ゆり
(女性セブン 2020年7.16号より)
初出:P+D MAGAZINE(2020/10/01)